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7時30分、予定の時間には全員がバスに乗り込んでいた。50人乗りのバスに17人だから2人の席を独り占めする感じで揺ったり
である。快晴の青空に陽が昇って街の白いビルを照らしているのが眩しく見える。
今回の旅行コースを記しておこう。
HIS社の「新トルコ感動寄航8日間の旅」である。
5/31(日)成田発 TK051 12:51
イスタンブール着 19:40
泊 イスタンブール グランドシェバヒル
6/01(月)イスタンブール発→テキルダー→ゲリボル(昼食)→フェリー→
ダーダネルス海峡→ラプセキ→トロイ遺跡→アクチャイ着
泊 サルハンホテル
6/02 (火) アクチャイ発→ベルガマ→セルジューク(昼食)→エフェス→
パムッカレ
泊 コロッサエテルマルホテル
6/03 (水) 石灰棚とヒエラポリス→スルタンダー(昼食)→コンヤ
泊 リュクソスホテル
6/04(木)→スルタンハン→カッパドキア 洞窟レストラン、ギョレメ野外博物館、カイマルク地価都市、
泊 洞窟ホテル「アルフィナ」
6/05 (金) カッパドキア
ネブシェヒル発 TK259 12:00
イスタンブール着 13:20
(昼食)SUR→アヤソフィア→グランドバザール→(夕食)GAR
泊 ヒルトンホテル
6/06 (土) ボスポラスクルーズ トプカプ宮殿 (昼食)KONYAL
イスタンブール発 TK50 17:10
6/07 (日) 成田着 11:00
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到着した空港からツアー終了まで添乗した現地ガイドはギョクチェさんという名前で、なかなか覚えにくい名前のようだったがトル
コ語では「空」の意味だそうだ。それを聞いてすぐに覚られた。
カッパドキアの近く、カイセリ大学の日本語学科を卒業してDORAK社に入り、ガイドをしているとの事だった。日本には大阪に
1ヶ月ほど滞在したことがあり、東京、名古屋などを歩いたなどと語った。トルコ語は随分他の国の言葉と違うようだが、日本語と
は言葉の並び(主語、述語)が同じで学ぶ上では共通点もあるという。
「おはよう」は「ギュナイドン」、「こんにちわ」は「メルハバ」などの挨拶語を教えてくれた。
バスは昨日空港から来た高速道路を戻る形で西進している。金閣湾の橋を渡り、今日のコースは先ずマルマラ海沿いを走って
いく。郊外へ出るとたちまち牧歌的な風景に変わってしまい、高い山も見えず、やや荒れ気味の農地と草原であった。南側に現れ
るマルマラ海のどこの海とも変わらぬ広がりを見せる静けさが、初めての道を行く旅人に安らぎを与えているようだった。
少し内陸のテキルダーという街のドライブインで小休止、「ラク」という地方特産の強い酒(日本で言うドブロクの類)があるという
ので、舌で舐めるほどの少量を味わってみた。少し甘さを感ずる変わったという他ない、旨い風味でもなかったが、水で割ると白
く濁り、別名「ライオンのミルク」と言われるそうだ。そういうものをドライブインで出すのである。観光土産ということではあろう。
あと30分も走るとギリシャとの国境までいけるというケサンの町で左へ折れて南下し、ゲリボルの町からダーダネルス海峡をわ
たるのである。
フェリーが出るゲリボルの港に12時前に着いた。
バスの着いた桟橋から見上げる丘に国旗と町旗を掲げた、いかにもそれらしい庁舎が建っている。港一帯の平地は比較的狭く
見えたが、庁舎の真下あたりに公園が設けられ、ここにも英雄アタチュルクの像が港に向かって立っていた。
ダーダネルス海峡こそボスポラス海峡とともにヨーロッパとアジアの境界である。
ヨーロッパ側が走ってきたガリポリ半島で、ともに古代より軍事上の要衝と言われてきた。チャナッカレ海峡がトルコ語(対岸の
アジア側にチャナッカレという町がある)でダーダネルスは英語である。海峡の延長は約60kmであるが、幅は1.2から6kmほど
しかない。
紀元をさかのぼるトロイ戦争でも、コンスタンチヌ帝による長いビザンツ帝国の維持においても、またのちの時代にオスマン帝
国がこの地で艦隊を創設し、東地中海の覇権を握る上でも、首都イスタンブールを南から防衛する上で非常に重要なところだっ
たのである。
それは第一次世界大戦中の1915年、オスマン帝国の首都攻撃を目指すイギリスら連合国によってダーダネルス海峡進攻作
戦がオスマン軍の猛烈な抵抗にあい、多大な犠牲者を出して失敗に終ったことにも示されている。
大戦後アタチュルク率いる共和国建設の功は、この海峡一帯の主権をトルコに留めることとなり、今日平穏な風景が眺められる
のは幸いである。
公園の脇に通づる道路を歩いて「オスマンリ、ムタベギ」というレストランに入り当地の名物だというさばのフライ風の料理、きの
こスープという昼食を戴いた。
窓から最早真夏というほどの陽射しが眩しく射しこんでいたが、陽の光とともに寄せるマルマラ海の風が、涼しく爽やかに感じら
れた。
イスラムの国は女性の労働に相当気を使うのだろうと思っていたが、2階のテーブルに皿を捧げて駆け上がってくるのは女性の
ウェイトレスだったのが気にとまった。
食事を終えて乗ったフェリーは好天の海峡クルーズを楽しむにはここぞと、デッキが賑わっていた。ヨーロッパの人達に混じって、
私たちもベンチにすわって気持ちの良い海風を受けながら遠ざかる陸と近寄る陸を眺めて過した。偶然に、海面に飛び交う鳥た
ちの向こうにトルコ軍の潜水艦が内海へ向けて白波をたてて行くのを見た。
私たちの乗ったフェリーは約30分でラプセキの港に入った。チャナッカレというこの地方中心の町のすぐ北に位置する。
私たちはフェリーの中でバスに乗り込んで、そのまま下船し、美しい海水浴場になっている海岸伝いの道路をトロイへと進んだ。
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イスタンブール郊外は田園風景 ギリシャまであと30分の町(ケサン)で左折してゲリボルへ