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新市街へ向かうバスはアタテュルク橋を渡って行く。
右手にガラダ塔が見える。新市街のシンボルマークのように言われているが、実際は6世紀に建てられた灯台だとのこと、そう思
ってみれば灯台に見える。
交易通商で繁栄し、オスマンの東ローマ帝国攻略にも中立を主張したジェノバ人が対岸のビザンツ帝国監視に使ったとか、歴史
的に用途は変遷した。現在はとんがり帽子がつけられ、ナイトクラブにも使われている観光名所である。
道路は急な坂道を曲がりくねって登り、この国でも盛んなサッカー競技場であるカスムパジャスタジアムを左手に見て進んだ。す
ぐに丘の上へ到達、右は週末の夕暮れを過す人々で賑わうタクスィム広場であった。タクスィムから先は緑地公園になっており、
道路を挟んでビジネスオフィス街が続いている。
ヒルトンは公園の中にあり、ボスポラス海峡を眼下に見渡す好立地にあった。
好天に恵まれて夏空の下で快適な旅をしているとは言え、夕方は疲労を感ずる。ロビーにゆったり腰をおろして臨む海の風景は、
ホッと癒しを誘ってくれる静かな夕景であった。
夕食は街に出て「ガル」のディナーショー(ベリーダンスと民族舞踊)を楽しむことになっていたが、ショーの時間に合わせて20時過
ぎにホテルを発つことになっていたので、一眠りすることにした。
部屋を当てがわれると、早速シャワーを浴びた。清々しかった。
「ガル」は満席だったが、私たちの席は中央の最前列のテーブルに確保されていた。1965年創業と言うトルコ最古最大のミュージ
ックホールとのことだから、何となく気恥ずかしい思いもしたがそういう席を取るのは旅行社の力量だそうだ。HISの現地担当者が来
て世話をしてくれた。
チキンのコースで、デザートはフルーツ。空腹だったしまずまずの料理だったと思う。
ギターとアコーディオンそれにドラムの演奏が袖で行われていたが、ステージの幕が上がると民族衣装の男女5人によるフォークダ
ンスが始まった。良く見ると舞踊団は父母と子供達家族の一団のようで、和やかな楽しい収穫祭の踊りのようであった。
民族舞踊のあいだに若い女性による華麗なベリーダンスが2曲入った。思ったほどエロチシズムはなく、以前カイロの船内ショー
で見たときより優雅な踊りに感じた。
どこの国へ行ってもミュージカルなものは出来るだけ見たいと思っている。
トルコの国の音楽は、遊牧の民の哀愁を匂わす感じのものがベースになっているように思う。やはりこの国に流れる民の心には、
言い知れぬ遊牧の寂しさ、自然界への回帰を思わせるものがあるように感じてしまう。
観客の中からもステージに誘われて踊る民族舞踊団とのフィナーレには、仲間の中の新婚カップルが参加した。皆で大きな手拍
子を送った。ステージは華やかにはねたが、感じの良いディナーショーの余韻を味わいながら夜の金閣湾を渡り、ヒルトンに戻った。
添乗員の細野さんは、好天続きの旅があと1日、最後の日まで続きますようにと、バスの窓にテルテル坊主を吊るしてお祈りして
くれていた。
○
次の朝、私は4時に起きて、PCで東京と連絡を取った。身辺の情勢に何事も無くホッとした。
いよいよ今日は帰国の途につくのである。どうやら天気も問題なさそうなので朝の散歩に出かけることにした。
フロントの前に造られた中庭は日本庭園であり壁に飾られた大きな塗り絵も浮世絵風だった。部屋のテレビでもNHKが見られ、
ここは日本人向けを意識していることがわかった。
ヒルトンの本館はボスポラスを見渡せる傾斜地の上に建っていたので、広い通りからは奥まっていた。外に出るとやっと夜が明け
はじめたところで、大通り沿いの別館に通づる舗道の照明灯の灯りがぼんやりとした感じに見えた。別館の脇を左に折れて、広い
表通りをタクシム広場の方へ歩いて行った。
早朝でビルの窓明かりはないものの、通りの両側には各国の航空会社や旅行社のネオンが沢山光っている。こちら側の舗道は
松の木立が続く公園に接しており、公園のなかに導かれた小路にもビルがあってネオン看板のオフィスがあるようだった。なんと、
小路の角にセブンイレブンがあって一寸びっくりした。最もそういった類の日本のチェーン店は、いまや世界ブランドとなって観光
地で見るのは珍しく無いようである。
緑地の中にトルコの老舗と言われるホテル「ディワン」があった。見た目の貫禄はあるが、厳しくはなかった。立地もよく歴史はあ
るが、今は中級になって比較的予約も通り安いとのことだ。隣に群を抜く立地と豪華版のハイアットやインターコンチがオープンし
ているので、ユニークな売り込みにも苦労はしているのだろう。ホテルは大通りの反対側にも林立している。
公園は一つのクロスした通りを越えるとタクシム公園に続き、緑地のはずれには小さな郵便局があって、その角から一段低くなっ
たタクシム広場が望めた。
マロニエの木が並び、中央に独立記念碑「アタチュルクと同氏たち」(イタリアの彫刻家カノーニの作)がシンボルとして建っている。
近寄ってみると高さ10メートルに及ぶ大きなものだった。
ちょうど明けたばかりの朝の街へ路面電車が出発して行くところだった。
タクシム広場から続く、ショッピング街としてガイドブックには必ず出てくるイステクラル通り側には、夜を徹して過したらしい若者た
ちが戯れていた。ケバブを削る店員いるの窓にはもう客が寄せていた。
そんな風景の片方で道に水をまいたり、ごみを整理する人の姿も見る盛り場のありふれた図を、私は随分見慣れたもののような
気がしながら見た。
イステクラル通りはかなりの坂道で、そこを路面電車が下っている。しばらく辿って見ると雑踏と化しているのはタクシム広場に近
いあたりだけで先は落ち着いたショッピング街のようだったが、当然のごとくまだ朝の静けさの中にあった。
私は踵を返してホテルに戻った。
フロント階のボスポラスレストランではなと朝食をとったのは、ちょうどマルマラ海を隔てて朝日が昇り始めた時間だった。
窓際で朝日を浴びながら、今回の旅は最後まで好天に恵まれたことを喜んだ。
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ヒルトン・イスタンブールの窓からの眺め
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