南ドイツ「城巡り」と「ユングラウヨッホ」

2000.10.7〜14


グリンデルワルト駅の混雑

8.ユングラウヨッホは吹雪

             10月10日
             昨夕、インターラーケンへ来る道中で、柔らかい日射しに変わった天候は、今日こそ朝から晴れて、好天の雪山の輝きを約
            するのかと思わせ、胸を踊らされた朝だった。しかし明けてみると曇り。それに少し寒い。少しがっかり。ヨーロッパの秋の天
            気は全く予想が難しいそうだ。素人の感など当てになる筈がない。

             今日は3400bのヨッホまで登るので、昨日から盛んに寒さを凌ぐ服装をと忠告され、セーターの上に流行のフリーズを、
            そしてまたジャンパー持参でバスに乗り込む。他のメンバーも、思い思いに、今日の服装は厳重だ。それが、乗り込んだら、
            「今日は天気が良くないから、外へは出れませんし、何時もと同じでも大丈夫かな?」とは添乗員氏。言わずとも良いのに、
            がっかりの上塗り。

             7時30分出発、グリンデルワルト迄バスで行き、そこから登山電車に乗るのである。グリンデルワルトで1000b、もう一度
            登山電車に乗り換えて、クライネシャディックが2000mメートルである。そこから上は、もう完全に冬であろうと思っていた。
             インターラーケンの街を出たバスは、谷あいのなだらかな狭い道を行くのであるが、道路脇の木の葉が途切れると、バスの
            車窓からもユングフラウの山頂が見えるのであった。一行は身体を寄せ合い、ヨッホでの見晴らしが、可能なことを期待して、
            少し安心したかのようであった。ツヴァイリューチーネンを左に、渓谷に沿って登ること30分、有名な山岳リゾートであるグリン
            デルワルトに着いた。
             一行は一番電車に乗っていくのであるが、この早い時間から、ここも日本人で溢れていた。
             幸い雨は来そうになく、20分ほどの出発迄の時間があったので、歩いて街を眺めてみた。
             雄大なアイガーの直下、なだらかな谷の両側に、広々と続く牧場が見渡せる街である。登山電車の登っていく方向と反対の
            東側斜面には、多くのゲレンデがあり、その利用者達の基地でもある。思ったよりは小さい街であるが、ホテルは多く、それぞ
            れが濃い壁の色に、窓を白くして引き立たせた端正な建物が目立った。紅く染まった落葉樹も、まだ名残の葉を付けたままで、
            窓に飾られたゼラニュームと共に、もう雪のヴェールを纏った山々を背景に、美しい街であった。
             アイガーの裾野を登る、登山電車の車窓は草原である。いずこも、果てはこの山の上まで、良く手入れがされているのに関
            心せざるを得ない。ここでは山羊も牛の姿も見え、ほかでなかなか見られなかっただけに、印象に残っている。

             登山電車は人数をきちんと数えて着席させ、満員になると発車した。
             大きな岩の壁を見ながらアプト式の上をゆっくりと登って行く。カーブからは次ぎに登ってくる電車も見える。車窓の草原の先
            には正真正銘のスイスの山々が現れ入れ替わっていった。ただ、青空に突きだした峰嶺が見えないのが、少し物足りなかった。

             車掌が検札に来た。ニコニコと笑顔を振りまきながら、登る電車の角度を乗客に示そうと、おどけた格好で通路に立ち、上方
            向に向いて、手を離すと、30度は前に傾く。思ったより急な傾斜だ。乗っている感じでは、どうしてもそれ程の傾斜には思えな
            いのだ。面白いので皆真似をしてみた。
             車掌はジョウクを飛ばしているようだが、言葉はなんだか解らない。身振りや身体の様子でその場は沸いているのだ。正に、
            国際親善にこういう役者は欠かせない。車掌はスターのように、あちこちのカメラに収まって愛嬌を振り播き、移っていった。

             新田次郎の小説で有名なアイガーの北壁は、クライネシャディックでとくと見た。
             そこはユングフラウヨッホへの上り下りの、乗り換え基点になる駅である。
             間近に迫るアイガーを、そこからじっと見ていると、岩壁にまとわりついた雪が、荒々しい岩肌の凹凸をよりリアルなものと見
            せつけており、むしろ曇り空の下での迫力は圧巻だった。
             アルプスに憧れるクライマーが、これにとりつかれるのは無理からぬことであろう。
             登りの電車は、アイガーグレッチャ−という岸壁のトンネルの中の駅に停車した。駅もさることながら、岸壁に開けられた展
            望窓が人気なのだ。もう其処は3000メートルもあるのだそうで雲の中、その日の天候では何も見えない。車掌は笛を吹きな
            がら、期待に反して残念がる乗客を列車に戻して、発車させなければならない。草臥れもうけだけであろう。トンネルの中の駅
            は、もう一つあった。しかし、次は誰も降りなかった。気にしていそうな、車掌の方も気の毒である。

             ヨッホの駅は、3454メートル、トンネルのままメンヒの下を抜けて、ユングフラウへ渡るコルのような場所に造られた、三階
            建ての駅である。一段高いユングフラウの肩に作られた、スフィンクス展望台へは、トンネルとエレベーターで繋がっている。
             O氏夫妻と早速其処へ上る。
             外は吹雪で全く展望には生憎である。しかし、期待に反した悪天候であれ、先ずはTop of Europeに立ったのは感激であった。
             その上で考え直せば、吹雪こそこの山に相応しい姿なのであろうとも思える。
             風は強くはない。
             ――もう風次郎には、絶対に冬山は無理だ。
             冬山の厳しさは、只々耐えることのみと言うにあろう。そんなものに引きつけられるのは、冬山では、余儀なく自然と対面しつ
            つ、そのタイムテーブルの上で過去の情恋や、現実からの跳飛を辿るのである。
             一瞬の冬山を味わうと、そんな冬山への憧憬が、風次郎の頭の中を通過していった。たとえ数歩でも、無性に一人になりた
            かったが、それは諦めた。このガスに、ドアの外一歩で紛れても、やっかいなことになるだろう。なんせ3500メートルである。
             何も見えない、吹雪を浴びて立つ展望台のデッキこそ、我々にとっての記念すべき観光となった。
             この日は外の観光が全く駄目だから、氷河も踏むことも、見ることも駄目だった。日本からも技術者が来て、協力して作られ
            たという氷の彫刻を見物して歩いた。吹雪の中の、暖かいヨッホの駅の中で過ごしているというのは、奇妙な気持ちであったが、
            1時間あまりを費するのはアットいう間だった。

             帰りのクライネシャディックで、昼食になった。1000メートル下りただけで、雪は散らつく程度になった。駅に降り立てば、アイ
            ガーの北壁ばかりが険しさを増して眼を引きつけている。
             その壁を見上げる位置の屋外に、アメリカインディアンでも使いそうな、大きなテントがレストランになっていて、またもワイルド
            でささやかな、ワインパーティーを繰り広げるのであった。メインはつまみ代わりで、ジャガイモが添えられたチキンのプレート、
            これは昨日までのドイツと変わらない。バスや電車に乗ってばかりだから、腹も減らない。腹は正直である。

             テントの裏は小高く、尾根に続いており、間近の草地に新田次郎のプレートがあった。一坪ほどの囲いをした簡素なものだった。
             彼はスイスの山が好きで、何回もこの地を踏んだのだろう。「アイガー北壁」をはじめ、アルプスを題材にした作品を、いくつか
            風次郎も読んでいる。
             風次郎も山が好きだ。たとえ今日の観光が荒れた天候の中といえ、それは自然の姿そのもので、こちらが避難することは出来
            ない。素直に従い、あえて評価すべきなのである。同郷の次郎はそう語っているのだと思う。
             はなと二人でその場に敬意を表し、今日の記念とした。

             クライネシャディックからの帰路は、登った朝とは反対の尾根伝いに鉄道が走り、谷間の街、ラウターブルネンに向かうのであ
            る。色あせた草原は、もう間もなく一面の雪に覆われて、スキーヤーでにぎわうことであろう。残り物のようにも見える草原には、
            時間を惜しむ牛たちのたわむれが見えていた。

             ラウターブルネンの街は、尾根から急な坂を下った谷間の街である。鉄道が降りる坂と対面する切り立った山の崖から、ひと
            すじの滝が落ちているのが、否が応でも目に入ってくる。トウリュウメルバッハの滝、氷河の融水が流れて来るのだそうだ。滝の
            裏には洞窟もあると聞いた。この街の夏は、世界中からの保養客で溢れ賑わうという。
             雨に濡れる静かな街を眺めつつ、電車を降り、バスに乗り、インターラーケンへと向かう。

             雨はインターラーケンで本降りになった。涙雨、名残の雨であった。
             ホテルユングフラウの前の、メインストリートは、観光客でごった返していた。普段であれば、街路樹の向こうの広い芝生が、
            山と街を見渡しつつ過ごす、格好な場所なのである。我々のように、他へ旅立つ人、明日を期待して、今日この街に入って来た人、
            雨になったため、人々は狭いアーケードを右往左往しているのである。
             昨夜散策した土産店が、もう懐かしさのページで窓明かりを放っている。又いつの日か、訪れる機会はあるのだろうか。風次郎
            の場合、残念な思いで、寂しげに去る街は少ないことを知った。晴れた日のユングラウヨッホを訪れたいと、切に思った。

  
登山電車の車掌さんと吹雪の山頂テラス(思い切って外に出て記念撮影)

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