南ドイツ「城巡り」と「ユングラウヨッホ」

2000.10.7〜14


小さな国リフィテンシュタインのファドーツ城

7.リフィテンシュタインからスイスへ

              雨こそ来ないが雲が厚い。朝方はそう寒いと感じなかったけれど、気になる空だけ見ているとついつい寒くなってしまう。しかし、
             バスへ乗り込むと、打って変って上着を脱ぎたいほどの暖かさだ。有難いと思う。

              フィッセンの街を通過したバスは、国境の山へ向かって走る。地図を開いて確かめると、ドイツアルプスとチロルの山々の間、
             ボーデン湖の東側を南へ抜けるルートを走っていくのだ。 窓の外は、これまでと同じように草原と丘と湖の風景が続いている。
              何故か農家の建物は山懐にはなく、決まったように丘の上のような処にあると見えるのは、風次郎の気のせいだろうか。夏
             の快適さに引き替え、冬の季節には大変だろう。山に近づいていくと、所々で眼に入る川の幅が狭くなり、草原の彼方は、山の
             麓に直結するようになってきた。もし晴れていれば、左はチロルの、右はドイツアルプスの山脈が、見えているのかも知れない。
              まだ冠雪も真新しい峰に、紅葉の裾野を従えた山々は、さぞかし素晴らしいだろうと思うと、残念であった。

              ヨーロッパの山々は、近づいても、日本で見る遠くの山のように、ブルーが濃いように思う。ドイツの山は石灰岩、スイスの山
             は花崗岩の岩山が多いそうであるが、日本の山のように大木の原始林がなく、小さな木や、草、苔が多い。だから遠くから見え
             る山も表面がなめらかで、それで青が濃いのかも知れない。いずれにしても、大陸を、東に北に延々と流れる、ドナウ川もライ
             ン川も、この山地が故郷。嶺の雪が生みの親というかことになる。自然の展開するドラマは雄大だ。地図上で川の流れを見た
             だけでも、大陸に展開するロマンに心を奪われる。

              小さな湖の畔にある、街道沿いのレストランで、昼食になった。ここも変わらぬ、アーケードのように真っ赤な生花を巡らし、濃
             い色の木枠の窓を、白壁に設けた美しいレストランであった。
             雨は少し降っていたが、風が出てきた為か雲が高くなり、湖の向こうには、雪の山々が姿を現してきた。
             山はもう、裾野近くまで雪が降った様子で、冬景色である。
             ドイツでは“最後の食事”となると、やはりワインを飲んで、ということになり、“あとの祭り”午後はついうとうとと寝ることになって
             しまった。

              国境の険しい嶺々を仰ぎながら、山裾の道を暫く走る。
              添乗員が、クラシックのCDを車内に流してくれたのを夢枕に聞いて、一眠りして起きると、オーストリーとの国境にさしかかった。
              検問所は、欧州統合以来フリーパスの由、形だけ残っているゲートを走り抜ける。さらに束の間、それからすぐ、リヒテンシュタ
             インに入った。

              リヒテンシュタインは小さな独立国であるが、実質、行政はスイスと同調している。だからスイスに入ったと思って良い、とのコメ
             ントがあった。ここで城巡りの最終、首都ファドーツの城を眺める。城直下の公園でバスを降りた。
              ファドーツの城は今も候家が使っており、白く清潔そうな壁が目立った。塔らしき塔も、厳めしい城壁もない質素なものだった。
              城巡りの最終は、極めて現実の生活の場に近い存在の城を眺めることで締め括られた。ファドーツ城下の通りには、蒸気機
             関車を模型にしたようなバスが走り、観光客の気を引いていた。

              3日間、ライン河畔の城に始まり、今日は山中の艶やかな城も見て回った。沢山の古城を訪ねて廻ったが、古城巡りはこれで
             終わった。

              建物というものは、必ず外観を意識して、想するものであろうが、中でも城の持つ雰囲気は独特である。
              それは権威の象徴として、仰ぎ見る人々に感銘を与えなければならないからである。
              城をもって民を治め、他との争いを指揮することは、東西変わらぬ覇者の思い入れの世界だ。
              我が国の戦国武将には、人は石垣人は城といった、悲壮感を極める程の、意気昂揚重視が城にまつわる。それに比べると、
             ヨーロッパの城は、大将の生活の場として、ロマンを追求する要素が多分に取り入れられ、実際に展開され、ともすれば没頭し
             て創られたノイシュバンシュウタイン城なども現存する。同じ華麗さでも、ノイシュバンと姫路の白鷺城では、裏付けとなる背景、
             城に求める理想が雲泥の差であるのは、民俗性なのだろうか。

              バスはスイスへ入る。
              長いトンネルを抜けると、陽が射してきた。山を隔てて天候も変わるのであろう。
              チューリッヒ湖の南を走っている。もう西日になって、バスの正面から射し込んで来る。右手の湖面が眩しく照り返して煌めい
             ている。
              風景は陽の光によって随分感じが変わるものである。それだけでスイスの雰囲気はとても明るい。ホルゲンの街から南に山
             道を登り、峠を越してフィーアワルトシュッテ湖畔のルッツエルンの街を通り、インターラーケンを目指す。
              車内では、ウィリアムテルの伝説が語られ、歌劇のCDが流れた。ただ、風次郎の好きな序曲は聴けなかった。                    


ファドーツ駅前にあった市内観光トラム

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