2000.10.7〜14
ワインとビールの国、ドイツを旅して三日目の夜となった。ミュンヘンのビール祭りは、丁度前の週にスペシャルイベントを終終
えたようで間に合わなかった。それは兎も角として、この街に来てビールを飲まぬという訳にはいかない。ビールは、ミュンヘン、
サッポロ、ミルヲーキーの頭文字都市である。
旅行スケジュールには、当然ながら、世界的に有名なHBでの晩餐をかねたパーティーが盛り込まれていた。
バスは、暗くなり始めたミュンヘンの中央駅前をカーブして、又、二三の角を廻る。ドイツの街といえ、交通環境は世界共通の
ようだ。月曜日の夕方の、ラッシュの光景を眺めながら進み、マキシマ通りはオペラ座脇に下車する。
HBは大通りの反対側であった。
添乗員に、若干の手違いがあったようだ。或いはHBのミステークか?フロントが戸惑っていて、なかなか席へ案内されないのだ。
2Fだとか3Fだとか、やり合いが行われているのが解る。
トラブルは致し方ない。間々あることだ。じっと我慢して待とう。O氏と顔を見合わせニヤリとして待つ。添乗員のSさんが困って
いるだろう。が、相手も遠来の客を追い返しはしまい。
高をも括っていたら、OKOK、Sさん難しいドイツ語を(或いは英語だったかも知れない。とにかくすざましかった。)張り上げての
奮闘が効を奏しての成果だ。三階の大ホールへ、それ行け!
HBは素晴らしい。Since1897の建物である。創業は1589.
学校や公民館の講堂ほど広くもあるホールのステージでは、すでにクァルテットの演奏が始まっていて、半分程度を満たした会
場の、前方に陣取った英米系と見られる人々のリクエストか、スイングジャズうをやっていた。そのうちに曲はドイツ民謡に変わり、
男女のダンサーが舞台を賑わせていく。
例によってO氏夫妻と共に席を囲み、昼間の腹痛の第2幕を懸念しつつ着席。
O氏は“今日のこのビールを飲みに来たような旅じゃあないか!”としきりに快癒を強調する。風次郎もそれもそうだと同調して
煽る。
夫人は少し心配気味に見えるが、皆笑って盛り上げる。添乗員のSさん、同じツアーの若夫婦が同席し、七人の席となった。
HBのビールは1リットルジョッキのみで配られるのだそうだ。風次郎もはなも、グイグイと思いきって飲む。添え物はポークとじ
ゃがいもの皿である。良く出るジャガイモだ。昼も夜も、恐らくこれが主食(パンの代わり)なのだろう。主食であるのだから仕方
ない。パンはホテルの朝食だけだった。
ステージは、次から次えとプログラムを進めているが、何やかやとテーブル談義の方も華やかで、ステージと両方に目や耳を
貸すのは忙しかった。風次郎はもともと音楽が嫌いではないので、ステージも気になってしかたなかったが、前の方の外人と舞
台の連中が、何やらわいわいやり取りして演奏が続いた。皆が気分良く過ごしていたようだし、調子よく鳴り響いていたのだろう。
O氏は結局2リットルを空け、風次郎も少し劣るがそこそこに飲んで酩酊した。
女性軍は1杯づつだったようである。Sさんは仕事熱心。何かあったら大変だからと飲まない。われわれも、強引には勧めるわ
けにもいかない。若い夫婦は二人でにこにこと嬉しそうに、語らいを続けているばかりだったと思う。こちらがにこにこで、二人は
愛のささやきだったのかもしれない。
昔、それも風次郎が上京したばかりの頃だから、40年も前の頃になるが、東京の銀座一丁目に“ゲルマニア”というBH(HBの
反対でビアホールの意)があり、ドイツ人の経営で、外人が大勢出入りしていた。もちろん日本人も多勢来ていた。せまいBHで
はあったがこのHBのような雰囲気だった。
風次郎は、そこえ入ると滅茶苦茶な英語でも相手にしてくれる外人がいることを好いことに、先輩にねだっては連れていっても
らい、異国の雰囲気を味わえるのが楽しみだった。アコーデオンとか、ギターとかバイオリンを使う楽師がいて、皆でビールを飲
みながら、合唱したりする楽しい酒場だった。
歌声喫茶の時代より、少し前の頃だったと思う。
今もドイツ酒場は東京にあるのだろうか?風次郎は知らない。しかも、こんなに広いビアホールは無いと思う。最もHBは工場
の跡を利用しているのだという。うまくやってはいる。ここまで来ると国民性だろうか?
ドイツ型ビアホールではなかったが、ショー付き大型キャバレーなら、日本各地でも一時流行った風だった。今は衰退している
ようだ。会社の懇親会や、団体旅行の旅先のホテルで、豪華に企画される大パーティーはあるが、大衆が小銭を出して、何時
でも大勢で楽しめるこのようなBHがあって良いと思う。
ビール会社系列のチェーン店が、やや相似形だがもっと大掛かりにやってもらいたいものだ。
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