2000.10.7〜14
リューデスハイムのブレムザー館
10月8日 リューデスハイムの街はまだ眠りから醒めていない。朝の深い霧に包まれて静かな小路の入り口に
バスを降りた。
フランクフルトから1時間、霧が濃かったので尚更のこと、薄暗い街道を走って来たのである。
まだ9時を廻ったばかりだ。
道路を隔てたところがライン河畔の船着場になっている。
町並みはレストラン、ホテル、土産物店がそれぞれ窓飾りをほどこし色とりどりの花が生けられている。道路沿い
に続く色着き始めた街路樹の紅葉とともに美しい。霧にかすみ、濡れた木々は殆どがマロニエであろうか。随所に
見られる木組みの家の壁。ざわめきの前の観光地。絵を見入るように、リュウデスハイムの秋を眺める。
街の小路を歩き、霧で幻想的なドイツの旅の朝を味わう。
ライン川の流域は優良なドイツワインの産地、船の出る時間までの待合休憩に、この街の特産である葡萄酒の店
が、もう扉を開けていた。膚に冷たい霧の中を避けて、試飲と称しながら数種類を味わうことになる。かなり飲んだあ
げくお決まりみたいに、日本へ発送する手はずまでしてしまった。が、酒は雰囲気のもの、少々の事は致し方ない。
O氏夫妻も同じだ。実によい香り、美味であった。大勢の方々が楽しんだから、店もかなり売り上げただろう。
私達の川下りはリュウデスハイムからザンクトゴア・ハウゼンまでである。
船は何百人も乗っていそうな大型のもので、それも大半が日本の団体観光客。静かだった到着時の雰囲気を思うと、
どこから集まってきたのか驚いてしまう。本当に日本パワーを感ずる。しかし、それは船着場毎の案内にも日本語が混
じることとなり有り難い。
乗船時はまだ霧が濃く、外は殆ど見えそうもなかった。O氏夫妻と共に、船室の窓辺にテーブルを囲み、しばらくはコ
ーヒーで寛ぐ。なかには引き続きワイングラスを手にしている人も多かった。やがて30分位すると霧が薄れ始め、陽も
射し込む良い天気になってきた。
お互いにデッキに立ち、これぞ本物とライン下りを楽しむ。沿岸には次から次と古城が現れ、過ぎていく。
それぞれが、それぞれの歴史を携えて建っているのだ。どの城もその威容は、川から見上げて厳と建っているが、
古城の印象はいずれも憂愁であった。
聞けばこれら河畔の城も街も、全てラインを交通の要路と求められた時代に、通行税を取るために設けられた関所
の役割を果たしたという歴史物語を持つという。
又、同時に発達した葡萄酒作りの名残が今日狭隘な後背山地を美しい葡萄畑として保たれているのである。そして、
この地に暮らし安住を求めた人々の敬虔な善意が、教会を囲み街をつくって今に伝えられているのだろう。
聞けばドイツのワインは、今でこそ確固たる名産であるが、元々は遠征した兵士が持ちかえったものだとのこと。この
国の土壌は痩せていると言われる中で、ライン川流域はレス土壌というドイツ最良の農業地域であって、今日の豊か
な産をもたらしているのだそうである。
この地にしばらく足を止め、この地の人々の昔語りを聞いたなら、きっと楽しい、面白い旅になるかもしれない。
と、そんな気がした。
風次郎とはなは、デッキの上で川風に晒されながら、移り変わる古城を見上げ、教会の塔を仰ぎ、ローレライの名所、
葡萄畑と街々等を眺めて過ごした。しっかりした棚に支えられた葡萄畑が当たり前に見なれた風次郎には、一本一本
の木が短く立っている葡萄畑は過去知る由も無く、見入ってしまった。
ザンクト・ゴアハウゼンにて下船、船着場近くのレストランで昼食になった。勿論再びワインを味わいながら、ますのム
ニエルとじゃがいもも美味しかった。
今秋初めて零下になったと聞く初寒に、震えるツタの葉が壁にからむ、美しいレストランであった。
O氏を玄関に、記念写真を撮る。
カフェにて 妻の拾いしつたの葉は 赤く光りて ドイツ匂わす (風次郎)
バッハラッハの古城 ネコ城
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