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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No265
     
   八ヶ岳秋の気配(2017/9/13)

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                     この夏の思い出                              2017・初秋


                                9月も半ばになった。八ヶ岳山麓ではもう暑さは苦にならなくなったのであるが、
                               草木は秋の実りに向かう生長の時期で、少し手を抜いていた南天寮の庭や土手は、繁
                               るほど嵩が増したように見える。
                                13日には婿の応援を得て、1日夏草の刈込をやった。土手、白樺林の下草、芝生
                               の刈込とひととうり手が入ると、さっぱりと人の気配のある寮の雰囲気が甦ってくる。

                                今年も穏やかに夏を送る事が出来て良かった。
                                婿殿が仕事を終えて去ったあと、ポツリと庭にたたずみ、西山に傾いた陽射しを浴
                               びていたが、近くの円山公園からの富士や八ヶ岳を眺めたくなってそぞろ歩きに出掛
                               けて行く。
                                久々に山々が良く見える日だった。8月は八ヶ岳がいつも雲の中で見え難かったが、
                               どういう訳か丸山からの富士は霞がかったなかにも見えていた。例年と異なった為災
                               害を齎せていた列島付近の気流の流れが日本海や太平洋の海岸線を入れ替わり進んだ
                               ので、ここからは丁度窓開きになったのだろうか。
                                富士はその頃と同じように霞んでいた。しかし、西日を受けた八ヶ岳は雲を戴き、
                               輝くように秋の近づく気配を漂わせていた。最早公園にはすすきが靡き、道端の草と
                               いう草は花を咲かせて秋の季節を語っているようである。
                                しかし、そこに、人気を感じないのは寂しいものでもある。山麓の高原は人影が少
                               なくなった。
 
                                今年もこの里で、親しい人たちと楽しい時を過ごした。
                                7月には学生時代の故郷の友人たちと、そして昨年10年も続いた米国生活を切り
                               上げて帰ってきた長男家族と久し振りに田舎生活を過ごした。ボストンで大学生活を
                               始めた孫娘が夏休みで来ていたが、9月の新学期に向けて帰ったばかりだ。
                                8月には恒例になっている元勤務していた会社の同期の仲間が集まって来てくれた。
                                昨年からゴルフはグランドゴルフに代え、温泉浴を愉しむ方がメインの傾向である
                               が、2夜に及ぶ世相巷談の激?論は、南天寮をのぞいて他に場の設定が出来ない貴重
                               な舞台であろうかと思う程である。皆よく勉強している、のか?他に語る場がないの
                               か?よく語った。
                                残念にも、この会に限らず、交友は年々少なくなって行くが、世の定めと受け入れ
                               ざるを得まい。顔合わせが叶うことの倖せを噛み締めつつ、再会を期待しあって惜別
                               した次第である。私達も『元気こそ倖せ』の世代になった。
                                自分では、年々行く道を思いつつのお盆は、娘たち家族と過ごした。孫達にも学校
                               生活があり、親に同行して来た彼等も一人前にスケジュウルの調整が必要のようであ
                               る。いわく部活、いわく宿題、社会科見聞等々――、愚痴っぽく説明されると、年寄
                               りはかえって愛嬌を感じてしまう。
                                今年は天候が良くなくて、彼らには不満足であったろう。
                                お盆には、私は妻はなの兄弟が寄り集まってくれて、古い話に花が咲いたことを愉
                               しく感じた。 
 
                                結果的に暑い夏だったように思う。無心に草刈りで汗を流し、少ししか飲んではな
                               らないビールをこの上なく“美味い”と味わいつつ流し込んで愉しんだ日々の思い出
                               は、これぞ倖せだったと思わなければ罰が当たるだろう。

                                ともかく、夏は去って行く。                                  
 
                                                                            風次郎


9月の富士(丸山公園)

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