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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No258
遠山郷・下栗の里(2016/08/18)
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2016夏『遠山郷』
盆が明けて落ち着いた頃、東京の友人Yさんが電話をくれた。車を駆って南天寮へ向
っても良いか?の由、勿論大歓迎だと言うと、18日朝から夫妻で飛んできた。
東京は暑くてたまらないとボヤクのは当方の言い分も同じ。南天寮の庭で涼風に花魁
草の紫が揺れているのを眺めながらコーヒーを飲んで寛いだ。
御夫妻との付き合いは、夫人同士のテニスの仲間付き合いが発端で、山を歩いたり、
旅に出たり食事会をしたりでもう長い。以来ご夫妻の南天寮来訪は度重なる。
来る早々ではあるが、何処かへ足を延ばしたい由。
私は今年は諏訪大社が7年に1度の大祭「御柱祭」を終えた処だから、新柱を見てき
たらどうか?と勧めたが、「それはここから近いから、何処か秘境のような処まで出かけ
たい」と、寮にある資料をひっくり返して、下伊那地方の南アルプスの麓「遠山郷」を探
し当てた。
私も訪ねたことは無いが、「遠山郷」は最近注目され始めた山間の小集落「天空の里」
と呼ばれる秘郷で、日本の原風景が残る地として、「日本のチロル」と呼ばれているところ
である。飯田市から先、さらに1時間は走ることになる。午前11時だったが、ご主人は活動
的なので、車の運転はお手の物である。「すぐに出かけよう」と言うことになり、「初めてなら
一緒に行こう」と誘われてしまった。
思いつきは「好事」である。当方も夫婦で連れて行ってもらうことにした。
盆後の天気も愚図つき気味だったが、山に雲が架かっているものの昼間は日差しがあ
った。盆明けの高速道路は空いていてまずまずのドライブ日和であった。飯田までノン
ストップでスムースに走り、1時間で着いた。
飯田インターは市街地よりも南、中央アルプス寄りの山腹に位置している。
目指す遠山郷は天竜川の東側だから、有名な「天竜下り」の出発点、船着場近くの弁
天橋に向かってアクセス道路を一気に下って行く。車窓の遠景に飯田の街並みが眺めら
れた。
昼食前だったので、店探しをしたが、インター近くの広いアクセス道路にはかなりあ
ったレストラン店舗が、旧い一般道路に変わると、とんと見当たらなくなって仕舞った。
何も無いことはないだろうと走り続けたが、結局見つからないまま天竜河岸へ近づき、
弁天橋を渡って対岸に至った。昼食は先延ばしになってしまった。
そして山道を登って矢筈ダムを眺めながら進み、矢筈トンネルへ向かった。この辺り
からは、私も初めて訪ねる地域である。
長野県の南信濃と言われるこの地方は昔から交通の便も悪く、南アルプスの西山麓を
北から南へ下る上村川に沿った国道152号線があるものの、天竜川の東地域と分断さ
れた山間僻地とされていたのである。
県政の盲点でもあって、点々と存在する村落は不便を余儀なくされた地域であった。
地域の人々が、平成6年開通したこの矢筈トンネルをどれほど待ち望んだことだろう
か、県民の一人として育った私も、感慨深くトンネルを潜った次第である。
とはいうものの、車社会、情報革命の時の流れは、かえってこの地域、大鹿村、喬木
村の文化遺産、伝統遺産を秘められた観光遺産として活用され始め、今日かなり知れ
渡ってきたのである。信州遠山郷、下栗の里もそのひとつである。
約4Kmに及ぶ矢筈トンネルを過ぎると国道152号線に突き当たる。大鹿村から地蔵
峠を越えて南下している高原地帯の道路である。地図を広げると南アルプス赤石岳から
聖岳の西麓に位置し、山膚には幾筋もの渓流が生じ、国道152号線もその一筋上村川
に沿っている。
トンネルから1km位の川端に村落の施設らしい休憩所があった。特産品販売所が設
けられて、農家から持ち込まれたたくさん立派な野菜が並んでいた。私達は車を止めて、
食事が出来ないかを尋ねたが、この辺りには無いらしい。しかし、少し先に行くと部落
もレストランもあるとのことで、一安心して折角の機会だからと眼についた野菜を買い
込むことになった。なす、カボチャ、ジャガイモ、玉葱、どれも見事な出来栄えで、し
かも安値である。純朴そうなおばさまが電卓で集計してくれたが、大きなダンボール箱
いっぱいにして1500円そこそこの有難い買い物ができた。
販売所の脇には峡谷の清流を眺めるあずま屋があって、川面まで下る小径が通じて
おり、水浴びをする若者の姿があった。水は長く浸かっていられないほど冷たいと言う。
山間の清流でのくつろぎもまた洒落たものである。
私達は先の食事処を求めて向かった。
しかし、すぐ先と教えられたつもりが、2キロも走って何も見当たらない。3キロ行
ってやっと「コーヒー」と書いた看板を掲げた店が見えたので、車を寄せると、見栄え
より店内は広く、テーブルも沢山あって先客も2組ほど居て食事をしていたのでほっと
した。メニューは限られていたが、値段も味もそこそこ、腹が満たされて安堵した。
さて、めざすは「遠山郷、下栗の里」である。店で聞くと、ここはもう「遠山郷」で、
すぐ先の部落の信号を左に曲がれば、あとは一本道を登るだけで「下栗の里」に行ける
のだと言う。「なるほど、そう言うことか!」と出発した。
案の定、「すぐ先」はなかなか見えない。信号があるとのことだったのでよもや間違
うことはなかろうと思って走っていたが、また2キロ走っても見当たらない。丁度道路
工事をしている職人がいたので、聞くと、やはりすぐ先だとのこと、「この辺のすぐ先
は幅が広いから――!」とみんなで笑い合っているうちに信号が見えてきてホッとした。
狭い曲がりくねった山道を登り続ける道中20分、何回も上から来る車と交叉する度、
慎重を要求される山間であったが、そこを抜けると尾根続きにある部落に出た。
そこが「天空の里」と称される景観を成す下栗の部落であった。
部落の中でも、幾重にも急なカーブをやり過ごしつつ、上へ上へと登って行くのであ
った。
所々から見下ろす急な谷間の下には、遠山川の渓谷が南アルプスの山懐に隠れるよう
に続いている。集落は谷底に向かって、標高 800m〜1100mの間に耕地と共に点在してい
るのである。
集落を登り切った処に広場があり、駐車場にはマイクロバスも含め観光客の車が十数
台止まっていた。売店とレストラン、となりには元分教場だったと言う建物を改築して
宿泊施設があった。その建物の前には分教場の校庭として使われたらしい広がりがあり、
懐かしさを誘っている。
いわゆる里の景観を眺める「天空の里ビューポイント」には、そこからさらに林間を
歩いて20分を要すのであった。
汗をかきながら、私達も列に加わって向かった。やがて、視界が開け、耕地や民家が
織り成して点在する里の風景が見られる展望台に立った。
まさに、「天空の里」、傾斜30度余の山腹が切り開かれたその土地は、一部には南
アルプスを越えて鎌倉武士が分け入り定住したとも言われるのであるが、近隣で縄文時
代の土器が出土するなど、古くから自然の恵みを求めて人々が暮らしてきた場所とも言
われる。
この山間僻地、しかも急な斜面を何ゆえに耕地とし、住居としたのか不思議に思う。
山中であるが故、日照を求めたと言うことであろうか――。貴重な水源が広場に近い
処にあったことも幸いしたのだろう。
この里では、いも類、雑穀類(稗、蕎麦、粟、黍等)や豆類、椎茸などの作物が収穫さ
れると言う。そして、これらの作物から、伝統的にいも田楽や豆腐といった加工品が作
られているとのことである。
さすがにビューポイント、夕暮れに近い高みの頂きから、射し降りるように、陽の光
が投げ掛けられた集落は、まさに天空の美里であった。その日は上空にどうしても去ら
ない雲の集団があって、南アルプスの山なみを重ねている景色が眺められなかったのが
残念だった。
○
遠山郷一体には、鎌倉時代に起源を持つといわれる「霜月祭り」があり、昭和54年
2月に国の重要無形民俗文化財に指定され、旧暦の霜月に村内4つの地区(上町、中郷、
下栗、程野)に神事が行われる。また、下栗には370年程前の江戸時代から「掛け踊
り」が伝わってる。この「下栗掛け踊り」は、豊穣祈願を予祝する雨乞い踊りを念仏踊
りの形で、毎年8月15日の例祭で行うのだそうである。
(下栗の里は2009年(平成21年)「にほんの里100選」に選ばれ、また、下栗
掛け踊りは1999年(平成11年)に「無形の民俗文化財」に指定されています。)
○
富士見へ戻る時間を考慮して、しらびそ高原や、遠山郷温泉へ立ち寄るのを割愛し、
飯田インターから帰路をとった。途中駒ヶ根の中央アルプスインターチェンジで天竜の
広い流域を眺めながら小休止し、車窓から諏訪湖を望んで帰寮した。
Y夫妻のお蔭で、思いがけない夏の秘境へのドライブを愉しむ事が出来た。
風次郎
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