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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No257
     
   富士見からの八ヶ岳(2016/08/16)


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                      2016夏『盆』

                               故郷の月遅れ盆は8月13日の夕方迎え火を焚いて先祖の霊を迎え、16日に「墓参
                              り」をし、夕方送り火を焚いて終わる。この間事業所も学校(夏休みになっているのが
                               普通)も静かに休み、盆は、旧家にとって親族が往来して懐かしい面々が顔を合わせて
                              語るといった伝統の行事である。
                               本来旧暦を用いて行う盂蘭盆に由来するのであるが、古代インドの農耕儀礼で行われ
                              ていた風習が、日本の貴族社会に伝わり、正月は神祭的に、盆は仏教的な色彩で民間に
                              受け入れられてきた祭りのようである。(正月の七草、盆の七夕、ともに満月の夜を中
                              心とした祭りであり、16日が藪入りとなる。)
                               盆をはさみ日本の8月は「盆シーズン」と言っても良い行事が幾つも重なる。昭和2
                              0年8月15日に太平洋戦争を終結する天皇の宣言がなされて「終戦記念日」とされ、
                              また先祖を戦争で失った家族も多いので先祖供養の時とする認識は高いように思う。
                               月初には同じく戦争にまつわる広島、長崎での原爆被投下の行事もある。
                               私の家では、父の誕生日が8月15日だったこともあり、盆には先祖を迎えて父の誕
                              生日を祝うのが常で、余計意義深い思い出も残っている。

                               南天寮では、今年も子供たち家族は盆前に引き上げて行ったので、私とはなが2人で
                              白樺の樹から白い皮を少々剥ぎ取って、ほの黒い煙を焚いて迎え火を燈し盆を迎えて過
                              ごした。
                               14日には松本に住む兄がやってきた。
                               兄は82歳になる。私は満州のハルピンで生まれ、1歳になったばかりの弟と共に母
                              や兄姉に連れられて引き揚げて来たが、小学6年生だったこの兄がいなければ終戦の混
                              乱のさなか、無事で富士見には来れなかったであろう。会えば年を重ねた風情は隠せな
                              いが、若い頃登山で鍛えた兄は、体にどこと言う障害も無く、元気そうで良かった。
                              温泉場に出掛けて久し振りに父母を偲んだ昔語りなどをしながらゆっくり過ごした。
                               兄は昼間からのビールで喉を潤して帰って行った。
                               この盆には、はなの兄が友人の法事で寄ったほか他に盆の客は無かった。

                               16日に盆を送ったあと、私は父母の実家の墓を尋ねて見ることにした。
                               父の実家は南天寮から少し下った栃の木部落にある本家の近くで、30分も歩けば行
                              けるので、朝の愛犬ピカの散歩をかねて行った。
                               本家の墓は3年ほど前、あとを継いでいる従弟が建てた大きな石塔の周りに、最早彫
                              られた文字が崩れて読めなくなって立つている古い石碑から、一昨年逝った従兄の新し
                              い墓標まで数多くが並んでいた。
                               八ヶ岳の西山腹が南からの朝陽に照らされて美しく眺められる場所である。草露を避
                              けてしばらく佇み、心を鎮めてから帰路を辿った。
                               母の実家は茅野市にあり、そこも叔父夫妻がなくなってから若い従弟が仕切っている。
                               少し離れたところにある菩提寺の墓が解りにくい場所なので昨年再確認したのだけれ
                              ど、やはり到達するのが難しく、迷ったりした。はなと一緒に車で茅野の街を経由して
                              行きつき、どうにか墓参を済ませた。
                               この1年は両家に新しい墓碑は立たず、安らいでいる。

                               20日には、はなの姉の7回忌が富士見のその姉の住んだ家でいとなまれた。その家
                              も義姉が逝って、今はその長男があとを執っているが、その息子たち2人も既に所帯を
                              持って、孫たちも加わった大きな家族になっている。親族が集まると懐かしい顔ぶれの
                              中に昔を偲ぶ話題が感慨深い。

                               毎年、盆を経るごとに人物往来を感ずるようになった。年齢を重ねてきた証左という
                              べきか。
                               親しかった友はいつの間にか顔が見られなくなり、春秋に富む新しい顔が身近にある
                               ことに気付かされる夏の時の流れ、――今年の盆の季節であった。
                                  
                                                                           風次郎
                                                                                

         

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