☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No255
南天寮近くからの夏の八ヶ岳
★★★★★★★★★★★★★★★★★
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2016夏『富士見サミット』
例年8月の第1週に南天寮に集合する「富士見サミット」は風次郎の会社生活に最も
親しい友人、同期の仲間の集まりである。
思えば、仲間も、いよいよ後期高齢者の入りをして、それぞれに名誉とは言えない健
康上の勲章をもらっている面々である。
先ずは健康を維持し、今年も、金沢に住む、富山出身の2名、東京組の4名、全員が
集まることができた。
ちなみに、健康状態は、小生もガンを抱えた高血圧患者であるが、今年は最も丈夫を
自他ともに許していた仲間きってのスポーツマンであったT 君が、今冬呼吸器系統に異
常が発見されて、大学病院で診療を受けつつ、日常の運動も制限が必要な状態であり、
このイベント参加も1日を割愛して、1泊参加とせざるを得ないことになった。
また、H君は第二の職場の頃心臓を患い、救急車で運ばれたうえ、以後5〜6年もリ
ハビリ治療を余儀なくされたが、次第に順調な回復を得ているようだった。夫人も病魔
に見舞われ応戦しているらしい。
「健康は夫婦共々でなければ意味はない」は、概ね人生を生き抜いて来た人々の述懐
である。H君は今回来て、「夫婦で旅行に出かけられるようになって良かった」と喜んで
いた。
また、若い頃から健康での留意も怠らんと見られ、仲間内では最も節制に長けるとの
評価されていたKa君も、今年はよく風邪をひいて伏せていたし、膝の痛みで毎日欠かさ
ぬ1時間の散歩も十分できないと言い出している。
毎年金沢からやって来る二人は、夫婦連れだって年に数回の旅行を楽しむ円満2家庭
である。それぞれ、Ki君は市のグランドゴルフの世話役を、J君は得意の囲碁教室でのボ
ランティアで週の大半を過ごすなど、奉仕しているようだ。
しかし、彼らにしても、Ki君は1年前に脳内の異常出血を発覚して経過観察中だし、
J君は滞寮中の食後には、卓上に薬を並べ血圧やら何やらの心配は隠せないようだった。
こうして並べてみると、やはり寄る年並みかと、あらためて「老い」の勲章を認めざ
るを得ないことになる。
したがって、例年催してきた懇親ゴルフは、今年はKi君のリードにあやかって、蓼科
にある公認コースでグランドゴルフへと老人向けメニューにして楽しむことになった。
グランドゴルフは、特異な木のスティック(クラブ)を用い、芝生の上に設けられたテ
ィーマットから15〜50m先のホールポストに向かって、クリケットボールのような
硬い球をゴルフのように打っていく。
1ホール3打が規程(パー)で1ラウンド8ホール。ショートコースのパターゴルフ
のようだが、基本は転がしなので気楽で危なくない。高齢者のスポーツとして実に宜し
いように思う。
私たちは、高原の陽を浴びながら、和気藹々のうちに一汗かき、4ラウンドを楽しん
だ。
そして丁度近くに見つけた秘湯、「石遊(いしあす)の湯」で今度は汗を流し、昼食
を楽しむこととした次第である。
蓼科は八ヶ岳連邦西山麓に繋がる地帯である。
東側には諏訪から佐久地方へ麦草峠を越えて通じる街道筋(昨今はメルヘン街道と呼
ぶようになった。)が走り、沿っている横谷峡という渓谷にグランドゴルフのコース、
石遊の湯、さらに古くからの湯の里「奥蓼科」と呼ばれる湯治場が散在しているのだ。
こんなところに戦前は鉄の採掘場があったのだとのこと、そこに鉱泉が見つけられ、
今につながる由である。
「石遊の湯」は街道を1kmほど入って坂を登っていく小川の畔にあり、露天風呂と
屋根を構えた岩や石で囲った浴場の創りの風情ある温泉場であった。
せせらぎの音を心地よく耳にしつつゆったりと浸かり、併設された湯場の隣の「せせ
らぎ」という蕎麦屋で十割そばと銘打った手打ち蕎麦にあやかった。
小川のせせらぐ音というのは暑い夏に添えられる涼しさををそそる、形容にはもって
こいの夏の昼であった。
2泊3日のイベントは、例年野外での遊楽を計画するほか、各人の近況報告や、世相
巷談で過ごす。
先の健康談義は年齢のなせる業、やはり、当然ながら現役だった頃の其々のプライド
を掲げた思い出話に花が咲く。蒸し返しや、予てよりの持論(自論)を楽しむ風情は隠
せない。時の流れを共通にして過ごしてきた郷愁の感を否めぬ懐かしい思い出語りは尽
きない。
論壇風発、時の政治や経済に立ち入った喧々諤々の議論に発展することもあるが、時
代の変遷についていけない、取り残されまいとする焦りのあらわれか、と我に返りハッ
とすることもある。
しかし、そんな時こそ、これまで同じ時の流れの中で頑張ってきた者同士の理解し合
える仲間意識を実感できるというものでのであろう。
ことしも昔同じ窯の飯を食った「許しあえる仲」を確かめ合って過ごすことができた。
「持つべきものは、倖せを感ずることのできる家庭と友である」と、健康で再開を約
しての別れであった。
またまた、良い集まりだったと思う。
風次郎
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」No256へ
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「東京JYYLIFE」のトップへ
メルマガColumn『東京ジョイライフ』のトップへ
風次郎の「世界旅」へ