☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No240
富士見からの八ヶ岳 冬(2014.12)
★★★★★★★★★★★★★★★★★
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
山麓冬到来
八ヶ岳と言わず、高い山々の姿は冬が到来すると峰々に雪を頂き、荒々しく、凄
みとさえ言いたい凛々しい姿を見せる。
早朝の列車が甲府を発ち、良く晴れた東の空から射すように照らす朝陽の中に、
そんな姿の南アルプスと八ヶ岳が眺められるようになると、山国育ちの風次郎は心
が和むのだ。
この輝かしい山々の麓で育ったのだというだけで、郷愁に魅かれてしまうことを
その都度繰り返しながら、八ヶ岳山麓を曲がりくねって登って行く列車に身を委ね
て車窓から眼を離さない。
12月のそんな朝、富士見駅に降り立つ頃は、平日であれば通勤通学の時間帯で
あり、防寒の衣装に身を刳るんだ人々がホームに溢れている。
中央線では最も標高の高い駅、955mの冬は最早根雪になりそうな白い塊も駅
舎の端に見えた。風次郎を乗せて来た列車は寒そうに息を吐きながら急ぐ乗客を車
中に飲みこんで発って行った。
駅前広場や道路にはまだ雪は無い。駅舎の隅に溜まった雪が根雪になるかどうか
は分からないが、里を見下ろす八ヶ岳の峰に見える雪はもう来夏まで消えることは
無かろう。今日見る峰の雪も真新しく被ったものだ。
昨夜は里にも雪が舞ったのであろうと思う。
雪晴れのようなすっきりと澄んだ青空を見ながら朝の街をほんの4〜5分歩いて
南天寮に向かう。
冬支度が今一つ残っていた。
南天寮の白樺は風次郎が寮を管理するようになった頃、5〜6本を本家の畑から
もらってきて植えたのであった。
今や大きくなって毎年葉が落ちた枝を払い、ついには3年前、手入れ作業の高さ
を測って芯を止めるに至った。
白樺は生長が早く、外皮が白くて美しい反面、木質が柔らかく虫が食い易く、木
に食い入ってしまう。ほったらかしにしてあるこの林の幹など、かなりやられて見
事な立木だとは言えないが、それでも新緑から秋の黄葉まで枯れもせず寮を訪れる
人々を愉しませてくれている。
そのことだけが整形作業(と言っても専らさっぱりと枝を落とすにすぎないが)
の張り合いなのである。
チェーンソーを持ち出し、脚立をしっかりと配置して半日の作業をした。白樺の
木は枝に乗ると折れ易いから落下の危険性がある。何とか無事に済んだ。
仕上げにアララギやユキヤナギの塊を軽く刈り込んで「これで今年の作業は全て
終わった」と昼にひと息入れる。
ポカポカと陽の当たる縁側にインスタントコーヒーを運び、枯れ芝、枯れ玉とな
ったサツキやアジサイ、カラマツそれに坊主になったヤナギや柿の木などの庭を眺
めていると、脇で一年中緑を保つ椿の木は貴重な存在のように思えたりする。
他の緑は松とアララギ、強いてあげれば竹藪と言った処か。
☆ ☆ ☆
昼から少し余裕を感ずる時の過ごし方に誘われて、土手の上の隣家の庭からミロ
のヴィーナスの塑像を借りてきた。
彼の家は元の町長さんが住んでいた家で、ヴィーナスはその町長さんが現役の頃、
出入りの業者から止む無く買わされたものだ、と、夫人が愚痴っぽく由来を語って
いたことがあった。風次郎は「なかなか手に入らないものだから良いじゃないです
か」と場を繕って言葉を交わしたのであった。
町長氏は既に故人であるが、夫人は高齢ながら一人暮らしを愉しんでおられる。
風次郎が室内でデッサンを2〜3枚試みたいから――、と申し出ると、夫人は快
く庭のヴィーナスを運ぶことを承知してくれた。結局冬の間、暖かくなるまで預か
ることになった。
一輪車の空気を詰めなおして運びに掛かったが、背丈約1、5mで3〜40kg
はある。慎重に抱きかかえて移動し、どうやら無事に南天寮の玄関に運び込んだ。
そしてお湯を沸かして丁寧にヴィーナスの体を拭いたのであるが、これが又思い
の外、その作業は真の女体に触れる程の艶めかしさを感ずるものなのである。
やはり美術品にはそれなりの感情を放っているやのものがあってのことか―。
さて、アトリエらしく使っている部屋の真ん中に置いて廊下の方から入る光に左
肩を向け、正面に陣取って対面した。
我が部屋で、あらためて眺めるミロのヴィーナスには又違った美しさがあった。
ミロのヴィーナスは1820年オスマン帝国統治下のミロス島で農夫により発見
された大理石像である。幾つかの歴史的変遷を経て現在はルーヴル美術館に属する
が、作者は紀元前130年頃に活動していた彫刻家、アンティオキアのアレクサン
ドロスといわれている。
ギリシア神話におけるアプロディーテーの像と考えられ、実物の高さは203cm
であるから、目前の像よりは一回り大きい。
ミロのヴィーナスがルーヴルを出て海外へ渡ったことはただ1度、1964年4月〜6
月、東京(国立西洋美術館)および京都(京都市美術館)で行われた特別展示のみと
のこと、この際、日本への輸送時に一部破損が生じ、展示までに急遽修復されたなど
のエピソードもあって印象深い展示であったことを記憶している。
パリへ旅行した時もルーブルで印象深く観た。
――この目前の塑像はどんないきさつで複製されたのであろう?――。
☆
しばらく眺めデッサンに取り掛かる積もりであったが、魂が魅せられたかの如く
なかなか眼が離れない。
結局その日はデッサンにはならなかった。
風次郎も女性の魅力にはかくも力ないものかと、次の機会を期待することにした。
さて、このミロのヴィーナス、春まで借りたものの何時デッサンに至るやら――。
風次郎
ルーブルのミロのヴィーナス像
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」No241へ
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「東京JYYLIFE」のトップへ
メルマガColumn『東京ジョイライフ』のトップへ
風次郎の「世界旅」へ