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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No236
諏訪郡歌碑(旧落合小学校)(2014.08)
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2014年10月12日
故郷の愛唱歌
風次郎
yahkoba3@yahoo.co.jp
富士見の駅前に「大丸屋」という地元では老舗の洋品店があり、駅前広場に向いた壁
に「富士見高原総まくり」という歌を書き出してある。
そこのご老体(風次郎の父の尋常小学校の同級生だった方)は周囲の人から愛される、
少し剽軽な方だったから、おそらく氏が作詞したものを掲げたのであろう。
「富士見高原総まくり」
1.南原から神戸出て
栗生娘を大平
みんな松目て原の茶屋
富士見公園 歌碑の丘
2.丘は続いて 富士見丘
別荘地帯の散歩道
道をたどれば塚平
若宮八幡森近し
3.木の間のあたりでひと休み
花休の時でも横吹いて
栃の木下れば小手沢よ
あんまり無理すりゃ血河原よ
4.八ッから流れる 立場川
入笠下るは 武智川
二つの川原に気がなくて
さっぱりしました武智の湯
5.俺が先能 さあ瀬沢
机の中から紙を出し
釜無川で手を洗い
平岡 神代 上蔦木
6.‐‐‐‐‐
以下延々12番まで、町中の部落を巡り歩く嗜好だが、何のことは無い少々艶歌的作品
であった。酒を飲んで、逍遥するにはいいかも知れないと?―。
知り合いに聞いてみたら鉄道唱歌の節に合わせれば良い由、結構謳われているようだ。
地元として良く使うのには「富士見小唄」があるが、そちらはお金を出して作詞作曲を
頼んだのだろう、正々とした盆踊り唄の感がある。
○
妻はなの父は小学校の教鞭をとっていた。今噴火で話題になっている木曾御嶽山の麓、
南木曽町の小学校から当地富士見へ移り、今や廃校になった釜無川の辺にある落合小学校
で最後の務めを終えた。
町から送られてきた広報にその校舎の一室を記念室としていにしえの保管物を展示した
とあったから、夏の日の午后、はなと出掛けて行った。校舎はひっそりとして、しみじみ
と今や遺物となった古い文物を眺めるのみであったが、校舎脇の小公園に私達も口にした
地域の歌「諏訪郡歌」の碑が立っていた。作詞者も地元の教育者として貢献された人であ
った。
「諏訪郡歌」 岩本節次詞
1.富士赤石の二山系
並びて走る其中に
海抜三千有余尺
分水脊の一天地
高潔天下に比類なき
姿をうつす諏訪の湖
2.山河の形勢おのずから
民のしわざをたすけつつ
農業商業日にすすみ
蚕糸の業は年にそひ
内外の国にかくれなく
其名もしるき諏訪の富
3.威風千古に凛として
国家を護る御名方の
神の恵の波にあみ
茂りに茂る学び草
文武の道にきそひつつ
うしろは見せぬ諏訪の蒼生
諏訪を謳った懐かしい歌には、私はもう一つの地元讃歌を口ずさむことができる。
「諏訪の歌」
1.雲高く明け行く空に
八ヶ根のひいずるところ
永久の光に映えて
陽は上る諏訪の国原
我らいざ、共に励めよ
溢れ沸くいで湯の恵み
山と野の幸あるところ‐‐‐‐‐
以下三番まで、作者は知らないが、学生の頃、群の集まりでは良く歌った晴々とした曲で
ある。
○
しかし、有名で全国的にも知られているのは「県歌」と称される「信濃の国」であろう。
東京へ出てからも長野県人の集まりでは良く歌うし、長野オリンピックの時も公然と歌わ
れた代物である。
この中にも「浅間は殊に活火山」の一節がある。御嶽の噴火があって、これからは浅間に
代わる活火山になるやもしれぬから、同処置したらよいのだろうか。いや、ほかにも変わっ
てきている箇所はあるから、まっ、いいか。
「信濃の国」 浅井 冽詞・北村季晴曲
1.信濃の国は十州に 境連ぬる国にして
聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地
海こそなけれ物沢に 万足らわぬ事ぞなき
2.四方に聳ゆる山山は 御嶽乗鞍『駒ヶ岳
浅間は殊に活火山 いずれも国の鎮めなり
流れ淀まず行く水は 北に犀川千曲川
南に木曽川 天竜川 これ又国の固めなり
3.木曾の谷には槇繁り 諏訪の湖には魚多し
民のかせぎも豊かにて 五穀の実らぬ郷やある
しかのみならず桑取りて 養蚕の業も打ち開け
4.たずねま欲しき園原や 旅の宿の寝覚ノ床
木曾の棧かけし世も 心して行け粂路橋
来る人多き筑摩の湯 月の名に立つ姨捨山
著き名所と雅男が 詩歌に詠みてぞ伝えたる
5.旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛も
春台太宰先生も 象山佐久間先生も
皆此国の人にして 文武の誉類なく
山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽きず
6.吾妻はやとし日本武 嘆き給いし碓井山
穿つトンネル二十六 夢にも越ゆる汽車の道
道一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき
古来山河の秀でたる 国の偉人のあるならい
思い出した中には「信州青年の歌」というのもある。
こちらは大野静生詞、堀内敬三曲と言う堂々たるもの。
「信州青年の歌」
1.星座を山を青空を 力と仰ぐ信州の
永き誇りをこの胸に 青年われら今勇む
2.氷を雪を雷を しのいで開く信州の‐‐‐‐
○
私の通った高等学校には「逍遥歌」という口ずさむには恰好なふるさと讃歌もあった。国
語の先生が詞を書き音楽の先生が作曲したとても親しめる歌だった。私は職場の宴会でも良
く歌った。
秋の夜長だ――古き友と、或いは旧き友を思いつつ盃を傾けるに良い季節である。
風次郎
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