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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No235
穏やかな八ヶ岳の秋(2014.09)
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2014年10月5日
御嶽山噴火とミステリアス
風次郎
yahkoba3@yahoo.co.jp
岐阜県との境に聳える木曾の「御嶽山」が噴火した。
突然で、しかも紅葉シーズンの土曜日、山頂も賑わっていたお昼時の登山者たちが大勢遭
難している。
信州は山国、山と山の間に少しばかりの平地がありそこに農を営む人家が開けた。
信州と言うより、日本列島も山ばかりである。それも大体が火山、だから取り立てて言う
ことでもないだろうが、静かな山もあるので時々噴煙を上げる山だけが火山のように思って
いるような感がある。
今までは火山の定義についても曖昧だった。
以前は、現在噴火または噴気活動を続けている火山を活火山、活動はしていないが歴史時
代に活動した記録が残っている火山を休火山、歴史時代の活動の記録がない火山を死火山と
分類していた。しかし、年代測定法の進歩により火山の過去の活動が明らかになって、数万
年に一度噴火する火山もあることが分かってきたことから、歴史時代だけで噴火の発生の判
断することは難しいとされ、近年は休火山や死火山という分類はなされていないようである。
自然に親しむのは良いことであるのだが、昨今の自然の活動は厳しく映る。
南天寮のある富士見町、この諏訪地方は八ヶ岳の西麓にあって温泉の湧出が豊富な処であ
る。温泉は八ヶ岳の恩恵であろう。火山には温泉と言う恩恵があるが――。
火山としての八ヶ岳は富士火山帯に属し、歴史時代の確実な噴火記録は残っていないが、
888年に北八ヶ岳の天狗岳が崩壊し、松原湖や数々の池は、その結果誕生したと考えられ
ている。崩壊の原因は噴火とも地震とも言われている。だが、地震、噴火とも今もって全く
証拠が見つからず、大きな謎になっている。硫黄岳に近づけば雄大な爆裂火口(私たちはそ
う呼んでいる)を見る事が出来るのだが。
また歴史上の記録には残っていないが、北横岳(蓼科からロープウェイが掛かっていると
ころ)には地質的に新しい溶岩噴出があり、最近の研究では600〜800年前の噴出と見
られているようだ。だから従来は「休火山」の位置づけであった。
しかし、富士山と同じ、いつ噴火してもおかしくは無いと言うことだろう。
木曾の御嶽山は諏訪湖の西約30kmに位置するが、丁度諏訪湖を挟んで反対側東約30
kmのところに「浅間山」が噴煙を吐いている。諏訪湖が真ん中に位置するということが何
となく不気味だ。
浅間あたりは数十万年前から周辺では火山活動が活発で、浅間連峰もしくは浅間烏帽子火
山群と総称され、噴火と山体崩壊を繰り返してきた。
大規模な山体崩壊と崩壊土砂が流出した痕跡は、遠く離れた群馬県前橋市の台地上などに
厚い堆積物として残っているのである。
東に開いた馬蹄形カルデラである黒斑山は以前、現在の湯の平付近に中心火道を持つおよ
そ2800mの富士山型の成層火山であったとのことである(カルデラ形成は2万3千年前
=黒斑期と呼ぶ)。
それが2万年前頃から山体崩壊後活動を開始し、現在の浅間山を南から見ると右側に膨ら
んで見える仏岩火山の噴火した時代(仏岩期2.1〜1.5万年前)を経て、現在の浅間前
掛火山(狭義の浅間火山)で噴火が始まったのである。
仏岩火山の活動終了後、丁度黒斑山と仏岩火山の中間地点である。
大規模噴火間隔は700〜800年と考えられている。
浅間の大きな噴火としては4世紀、1108年、1783年のものが知られ、いずれも溶
岩流、火砕流の噴出を伴う大噴火とされるだ。小規模なカルデラ状地形を形成し、現在は比
較的平穏な活動をしているが、衰えてきたという兆候は認められないという。
最近のものでは、2009年(平成21年)2月2日 関東平野の広い範囲に10g/m2 - 50
g/m2の降灰をもたらした。
さて今回突如噴火した木曾御嶽山である。私は1昨年の10月7合目までロープウェイで
行き8合目の女人堂まで歩いたが、天候が悪化したので引き返してきた。残念だったが致し
方ない。
『御嶽山』は、古くから信仰の山として親しまれ、信者の畏敬を集めてきたいくつもの峰
を連ねてそびえる巨峰である。
東日本火山帯の西端(旧区分による乗鞍火山帯の最南部)に位置し、剣ヶ峰、摩利支天山、
継母岳の峰々が形成された複成火山であり、その山容はアフリカの最高峰、輝く山と呼ばれ
るキリマンジャロ山に似て美しい。
活火山の定義を見直すきっかけとなった有史以来の水蒸気爆発(1979年)で、以前は
死火山或いは休火山であると思われていたが、今はれっきとした活火山である。
1968年(昭和43年)から活発な噴気活動を始め、気象庁が1975年(昭和50年
)に刊行した『日本活火山要覧』(初版)では、活火山の当時の定義(噴火の記録のある火
山及び現在活発な噴気活動のある火山)に該当する77火山のひとつとして掲載されていた。
しかし、定常的な観測体制の整備は行われず、明確な前兆現象が観測されないまま、19
79年(昭和54年)10月28日に水蒸気爆発を起こし約1000mの高さまで噴煙を噴
出した。今回と同じ秋である。この時の噴出物の総量は約二十数万トンで、北東方向に噴煙
が流れ遠く浅間山方面、軽井沢や前橋市まで降灰した。
この噴火がきっかけとなり、日本国内の死火山、休火山、活火山という定義そのものが見
直されることとなったのである。
現在では活火山以外の言葉は使われない。
気象庁は2008年(平成20年)3月31日に噴火警戒レベルを1(平常)と噴火予報
を発表したが、今回の噴火(9月27日)で噴火警戒レベルを3に引き上げた。
御嶽山には地獄谷上部の標高2700m付近を西端とし東南東に並ぶ10個の火口群が形
成されていたが(今回の噴火火口が新たなるものかは不明)、噴出量は18万トンほどの小
規模な噴出量であり、その後の火山活動もごく小規模で、1991年と2007年にごく少
量の火山灰を噴出したに過ぎない。
その後も火口群の一部の八丁ダルミ直下南と山頂直下南面の地獄谷の上部の噴気孔から噴
気活動が続いていた。今回の噴火はその斜面からのものである。
木曽御嶽山は、御嶽、王嶽、王御嶽とも称する。また嶽の字体を新字体で表記し御岳山や、
単に御岳と表記されることもある。標高3000mを超える火山としては、日本国内で最も
西に位置する。
日本には同名の山(御嶽山・御岳山)が多数あるが、その最高峰である木曾御嶽山頂には
一等三角点(3,063.41 m、点名「御岳山」)と御嶽神社奥社がある。剣ヶ峰を主峰にして、
摩利支天山(2,959.2 m) 、継子岳(2,858.9 m) 、継母岳(2,867 m) などの外輪山があ
り南北約3.5kmの山頂部による台形の山容である。
○
休題閑話――。
北約9kmには1915年、上高地の大正池を作った大爆発をした乗鞍火山帯の焼岳が噴
煙を上げている。これが又諏訪湖から30km地点である。
諏訪湖の東側丘陵地帯は有名な霧ケ峰高原であるが、そこには白樺湖に近い位置に車山(
1925m)があり名の通り南斜面は丸い窪みである。過去の火山との関連性を検証されて
はいないが、この辺りは八ヶ岳との関連を拭いきれないから、私は気になってならない。
30kmローテーションが存在するとすれば(そんな話は今まで聞いたことは無いが)こ
の次は富士火山帯の八ヶ岳連峰に突然の噴火があるかも知れない。
あくまでミステリアスな話題ではある。
地震も頻発している。せめて万一の時の心構えを慎重に考えておこう。
風次郎
鬼押し出しからの夏の浅間山と鉢盛山からの冬の御嶽山(資料から)
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