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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No223
夏の八ヶ岳(2013.08.10)
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2013年8月11日
富士見サミット2013
風次郎
fuujiro3@jcom.home.ne.jp
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今年も“同じ釜の飯を食った仲間”と言うに相応しい元の職場の連中が6人集まっ
て南天寮で過ごす夏の行事「富士見サミット」と称する懇親会が、先週和気藹々のう
ちに終った。
あいつもこいつもそれぞれ譲らぬ哲学を持った輩だったから、それが職業観として
それぞれの人生道を支えていた筈である。お互いに古希を超えて、ここへ来てようや
く見栄の世界を離れ、なんとなく本来の持ち味をさらけ出した素朴な交流を感ずる時
を迎えた感がある。
それに加え、最早職業という意識を捨て去って(昔のプライドは捨て去りがたく見
え隠れするが)生活実感を滲ませたり、とらわれないで自脳の活用を試み楽しむ世界
を持ち始めたことの開陳に、対する者(こちら)がハタ!と立ち止まらねばならぬと、
見せつけられる場面もあって驚いたりもするのだった。
自由、悠々自適とはかくも良いことだ。とらわれないことは本当に良いことだ。そ
こには、はじめて個の主張が伸び伸びと生きて出るのだから。
人間はその時を得る為に、かくも長い人生を積み上げて来なければならないのか、
――最早余生となったこの頃につけ、感慨深い。
それにしても、皆共通に認識していたことは、元気で日々を暮していることの有難
さであった。また、取り敢えずは身の廻りに深刻な問題から逃れられているという幸
運への感謝、その腹心での持続であった。
そして終わりには親しき友たちとそれを分かち合えることの“有難さ”と語る。
勿論皆がそれぞれの夫人の健康を願い、そこにこそ感謝の気持ちを忘れていない、
と公言する優等生ぶり。何と言う殊勝な連中の集まりなのか!あるいは、年齢がそう
させるのか?
皆、引き上げて静かになると、我ながら驚くべきことだったと、呆然としながら友
たちが去って空になって並ぶ椅子を眺める始末であった。
もともと夏の涼しい高原で、ゴルフを楽しみ、思いの丈を語って飲み明かそうとい
う、どこにでもある俗人の集まりに過ぎなかったが、来年は聖人君子の集まるサミッ
トを行うことになる?であろう。
愈々世間に本気で物申す宣言をしなければなるまい??――!!。
○ ○ ○ ○ ○ ○
数年前から俳句の道に入り熱心に取り組んでいるという仲間の一人が、富士山の世
界遺産認定と絡めてこの富士見談笑会を詠み、置いて行った。
富士見ゆる 夏の集ひの 有り難き
(It is keeping copyright by
Mr.X)
八ヶ岳山麓の夏は短い、もう夜はコウロギが鳴きはじめた。
(風次郎)
夏の花「木槿」8.09富士見
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