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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No219

  
8月の八ヶ岳(2012.08)

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行く夏の終わりに(1)                                                          
                                                    風次郎
                                                  fuujiro3@jcom.home.ne.jp

                          ффффффффффффффффффффффффффффффф

                          7月のはじめの八ヶ岳開山祭を過ぎると、登山客に限らずリゾートに涼を求める
                         人々がやってきて山麓に人気が漂う。 
                          今年の夏は前半の天気が悪かったのでなんだか急に暑い夏が来た感があった。
                          急変に惑わされて、すっかり夏の気分になれたのは7月の終わりの週あたりから
                         だった。バタバタと短い夏だった。
                          この地方の盆の行事は家族で旧家に集まって先祖を迎えて共に過し、先祖の霊を
                         墓に送って、互いにまた自分の家に戻るといったしきたりである。
                          昔であれば、お盆で夏の区切りをつけ、秋の仕事につくと言ったところだろうか。
                          お盆は過ぎ去った時を振り返る時であり、時に感傷の世界の再現の時でもあった
                          のだろう。
                          今だに、町を歩いていて、それを機に帰省した古い知人に会い、思いがけず昔語
                         りをすることもある。

                          今年は特に7月に入るまでの間、すっきりしない気温の低い陽気であったため、
                         やはり短い夏だったような気がする。
                          日中とは言え照りつける陽の光に浴した日は少なかったのではなかろうか、と思
                         いを新たにする。

                          盆の1週間を静かに南天寮で過した。
                          高原の夏は8月の盆が季節の境目で盆を過ぎると急速に秋の気配を増していく。
                          盆の16日になると、墓参りをして夕刻には送り火を焚き心に中の盆も送って、
                         又普通の生活に帰ろうと気を休めるのだ。 
                          先祖の霊に向かい感傷の思いを募らせるのは例年のことだが、私はこのお盆を前
                         にして今年も二人の親しかった人を送り、又新たな霊を思い浮かべる盆の寂しさを
                         味わなければならなかった。

                          北アルプスツバクロで、前の会社の同僚だったN氏が転落死したのを知らされた
                         のはつい10日前のことだった。
                          浦和に住み、大学時代から山歩きを楽しみ、72歳になった最近も一人で山歩き
                         に生活の憂さを晴らしていたのだろう彼は、私が大宮で勤務をした時の前任で、豪
                         快な性に奇抜な発想の男だった。
                          寂しさを外に見せたことはあまり無かったが、人前に立つことははばからず、退
                         職後は自然を愛する人生テーマ「埼玉に千年の森を造る会」なるものを主宰して展
                         開していた。植樹活動など、それはしかるべく引き継がれるだろうが――、
                          転落して失った命は帰っては来まい。誰にも同じひとつしかない命は潰えること
                         は間違いないが、いま少し早かったように思う。せめてあと10年と思うのが人情
                         というものである。

                          もう一人はまださらに若い人であった。
                          南天寮の隣家の人、長い間病魔に囚われていたYさんが召されたのであった。
                          南天寮は私の実家であるから私たちは幼馴染であった。
                           Yさんは私より3歳年下で幼年期を共に過した間柄である。
                          難病に取りつかれたのは青年期に入ってからだったと聞いていたが、還暦の頃か
                         ら不自由が外にも見えるようになって、つらい日々を送っていたのだった。このと
                         ころ富士見高原病院に入院していたが、6月半ば、あの長い雨の続いていた頃逝っ
                         た。

                          今年も二人の身近な人に先に行かれてしまった。
                          盆を終えた今、すべての夏が行ってしまったような気持ちでこの南天寮の窓から
                         山々を眺めている。
                          思えば心静かに過したかった夏だった。そしてそう心がけた。
                          短い夏は去っていく。

                          盆が去って、秋の空気が漂い始めると山はぐっと近づいて見える。空気が澄んで
                         山膚をクッキリと見せるのである。
                          赤トンボが飛ぶ。
                          コウロギが鳴き、‐‐‐‐盆がいく。
                          16日の夜は満天の星が輝いているのを見た。
                          朝は霧の伴う秋の風が漂う時が来た。


                                                                       (風次郎)
            

   
秋の近い八ヶ岳山麓の朝霧


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