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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No214
大王わさび田と園内水車のある万水川
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2011年09月11日
夏の終わりに(3)
風次郎
fuujiro3@jcom.home.ne.jp
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3.安曇野と牛伏寺
花火を見たE氏たちが帰ったら、入れ替わりにはなの友人Y夫妻がやって来た。
「誰も居なくなったら寂しいでしょう。」と電話があって、夫妻で赤い4輪駆動のワ
イルドな車を駆って東京の国分寺からやって来た。
Y夫人ははなのテニス仲間(軟式・私は硬式だからグループは別)、数年振りに南
天寮の客となった。
盆明けの16日、私は墓参りを終えて垣根の手入れに精を出した1日だった。
客人たちは八ヶ岳山麓のリゾートを巡って過ごして来たようだった。
夕餉のひと時を皆で(2組の夫婦で)久し振りの歓談は楽しかった。夏の終わりの
心地良い涼風が開け放した窓からテーブルの近くにまで寄せてきて、夕暮れ時は日中
の暑さを忘れてしまう。
皆で出掛けようとの話が進んで、結局翌日は安曇野へ行こうという事になった。今
年はNHKが朝ドラで、松本・安曇野を舞台にした番組を流しているので人気が高い。
夫妻が「わさび田」や川辺の風景を眺め「そば」を食べたいと言った。
私たちもはなの義姉の実家である「穂高神社」には何十年も行っていなかったし、
数年前から私たちの仲人をしてくれた方がその近くに住んでいるのに訪ねたことが無
かったので、私たちも思い切って行ってみようということになったのである。勿論混
雑は何処でも覚悟を要するシーズンである。が、まことに思い立つとはこんな状況を
言うものかもしれない。
翌朝はそそくさに準備を整えてY氏の運転にあやかり出発した。
夏の信州は道路で困難な目にあう覚悟をしなければ、爽やかな涼風も、風景も楽し
めない。矛盾の中で時を過ごすことは、都会の中でも同じような感覚を要求されるの
と同じことか――。
わたし的に言うならば、山の風景は本当は夏は霞んで良くはない。山は梅雨時、或
いはその前後の新緑か、秋の紅葉、そして新雪の来る頃冷気が漂い始めすっきりと空
気が澄む初冬こそ、輝く高山たちの峰々が美しい時なのであろうと思う。
案の定、観光農場となった「大王わさび田」は私たちが到着した直後の10時過ぎ
から車の入りきれない程の混雑で、観光バスまで付近の道路に行列を作っていた。
高速道路を降りてから、混雑を避けまた遠目からの安曇野風景を眺めつつ、私たち
は犀川沿いの堤防を走って行った。
夏の陽は強く安積野の緑の平地を照らしている。だが風景はいつも長閑だ。後背に
広がる北アルプスの山並みは薄く青い霞が漂っていた。
犀川堤防は大王農場に近いところで雑木林の中に入り、林の先にはわさび田に張り
巡らされた日除けが見えていた。
「わさび田」は犀川の水を引き込んだものではなく、北アルプスからの湧き水と言
われる近くの万水川の流れを利用して整えられた水畑である。
「大王わさび田」は日本最大規模のわさび園であり、年間約120万人が訪れる安
曇野随一の無料観光スポットとなっている。わさび田に引かれる湧水は一日12万ト
ンと言われ、田の水温は年間通して12℃とのことだから、夏の遊歩も清々しい。見
渡すわさびは直射日光に弱い為、4月から9月の間黒い簾状の日除けで田は覆われ
ている。
私たちも、人気を博している、黒澤明監督の映画『夢』で使われた水車小屋を眺め
たり、親水広場で冷たい流水の感触を味わったりして散策を楽しんだ。
ちなみに「わさび」の花ことばは「幸せを運ぶ花」だそうで、大王の園内には遊歩
道に「幸の架け橋」も設置されていた。
はなの義姉の実家でもある観光スポット、JR穂高駅のすぐ近くにある「穂高神社」
に参拝した。
久し振りだったので社殿が大幅に改築され古式が一掃されてしまったような妙な気
分だった。数十年に一度の周期が、2年前に到来し、新装されたのだと言う。
門前の「蕎麦屋」で名うての信州そばを食べた。Y夫妻は「NHKのドラマに出て
くる蕎麦屋がいい」と変に拘ったが、「あれは松本の蕎麦屋だ」とお互いに茶化した
りして、天井の太い丸太梁を見上げられる風流な座敷で美味しくいただくことが出来
た。
Y夫妻が近くの温泉で過ごしている間に、私たちは、仲人さんの家を訪ね、こちら
も久し振りになったご挨拶を済ませた。
交通渋滞の松本市街をやり過ごしてから、美ヶ原の山麓鉢伏山にある真言宗の古刹
牛伏寺(ごふくじ、うしぶせ寺とも呼びます)へ寄った。
この寺は聖徳太子が42歳(厄年)の時に自ら刻んだ観音像を本尊として鉢伏山に
安置したのが始まりといわれる。その後756年(天平勝宝7年)、唐からもたらさ
れた大般若経600巻を善光寺へ奉納するために運んでいた2頭の牛がここで倒れた
ことから「牛伏寺」の名が付いたという。
その使者たちが、このことを本尊十一面観世音菩薩の霊力と悟り、その経巻を当山
に納め、二頭の霊を祀ったと伝わる。また、この不思議な因縁により、寺号を牛伏寺
と改めたと言われる。参道途中の牛堂には阿弥陀仏を中心に、赤黒二頭の牛像を祀ら
れていた。
ここは、寺が位置する鉢伏山の山頂には牛伏権現と称して蔵王権現をも祀っており、
元来、山岳修行、修験道の山だったとも言われる。
伝承も定かでなく、大火で寺の位置も移されたとのことであるが、県下屈指の規模
と文化財を誇る寺の勢力は名声を高め、隣接する湯治場「崖の湯」との利便性を兼ね
て地域に厄除け信仰の名刹として賑わいが続いているのだ。
標高1000m、牛伏川のせせらぎの音を聴きながら、落日の迫る時間、門前の階
段を登って行った。縁日の大混雑を思えば、それ以外の境内はきわめて閑散とのこと、
思いのほかの清楚と静けさを感じた。草葺の本堂は、いかにも修験者に心の落ち着
きを齎すべく、どっしりとした大屋根に覆われ、念仏の心境に誘われるかの印象であ
った。
(風次郎)
牛伏寺本堂 穂高神社
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