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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No208

  南天寮のクロッカス

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                                                     2011年04月17日
山麓にも春                        
                                                    風次郎
                                                  fuujiro3@jcom.home.ne.jp

              ффффффффффффффффффффффффффффффф

               4月も半ばを過ぎた。富士見にやってきた。
              右肩の故障もほぼ戻って、いよいよ富士見通いも叶いそうだ。 
               国立の家を発つとき通り過ぎる学園通りは既に葉桜にならんとしていたのに
              海抜950mの八ヶ岳山麓ではまだ冬が終わっていない風情である。
               富士見の春は東京より約1ヶ月遅れる。
               陽が昇り始めた頃南天寮に着いてじっくりと八ヶ岳を眺めた。
               冬を雪の下で過ごした峰の稜線は、日光を受けて光るさまは変わらぬまま、
              山肌の斜面は所々で雪を減らして生地を見せ始めていた。
               微風ではあるが朝の八ヶ岳おろしはまだ冷たい。
               庭に出てみると、冬中霜柱で持ち上げられていた芝生がところどころその柱
              を失って陥没した跡を残す荒れた芝生の状態のまま、枯れ芝をやや散らかして
              春を待っているようだった。
               畑は表面の黒土に柔らか味のあるボコボコとした状態を見るのだが、少し鍬
              を入れてみると根の霜柱はまだ残っていた。
              「これでは私の畑仕事には1週間は早いか――」と、用意したジャガイモの種
              蒔は来週に遅らすことにした。
               それでも日向にいると次第に太陽の暖かさが体に滲みこんで、体がやわらん
              でくる感じがするのは春の証であろうか。
               見渡すと土手から白樺林のほうまで、昨秋の暮れに刈り払った木々の枝が散
              らばっている。松、かえで、うつぎ、柳、栗の木、それに芝生の周囲にはボウ
              とした菊の枯れ姿のかたまりもあり、鬱陶しい眺めである。でも、その先には
              身の丈2mほどの横並びでユキヤナギが立ち、やや花芽を膨らませて色づいて
              いる。春は時を違えずやって来ている。
              畑から目を転じて芝生の片隅に石を積み上げた焼却場に、私は松の枯れ枝を
              集めてマッチを擦った。
               最初ボッと音を立てて松葉が燃え上がり次第に枝に移ってメラメラと焔が上
              がると、白い煙が空に向かい、やがて流れる。すかさず笹竹の茎や他の枯れ枝
              を重ねる。
               火の勢いが安定的に燃え続けるのを確かめてから、白樺林の、こちらも昨秋
              から放置してあったやや太目の枝を引っ張って来て上に乗せた。
              庭すべての枯れた雑木(ざつぼく)を燃やしてしまうのには2〜3時間は掛
              かりそうだ。時々風が通り抜けて行くので、バケツやジョロに水を入れて脇に
              置き、上手に火繕ろいを進める。庭が片付いていく過程も、春を迎える心構え
              が整っていく感じと繋がって悪くは無い。
               無心になって作業を進め、一心に火を眺める時を過ごす。春の行事と言うこ
              とか、心も静まる気がした。

               土手の中段に続く小道を、近くに住むおばさん(もう90歳を超えている)
              が声を掛けて通った。
               「しばらくだね!良く来たジャン」と、
               「ああ、ご無沙汰です。おばさん、元気だった?」
               「やっと暖かくなったもんでね、散歩だわい。この土手を言ったり来たり――
              。」
               「丈夫でいいね。気をつけて歩いとくれ。」と笑顔で交わす言葉が軽い。春は
              好いもんだ。
               土手の上に住むもう一人のおばさんも街へお使いに行くと言いながら下りて
              来た。
               「良く働くねえ」とこちらも先方から声を掛けてくれ、心温まる。年寄りは話
              しが好きなのだ。
               「庭も少しぐらい綺麗にしないと花も咲きにくいらでね」
               「今年も畑をやるかえ――」
               「はあ、今日からと思ったけどまだ霜があってだめだ。来週だ!」
               「灰が肥料になっていいよ。」と声援を残して先へ歩いていった。こちらの老
              婦人も85歳を過ぎて健在だ。両者とも、つれあいに先立たれ、もう数年にな
              る。子供たちが時々訪ねては来るようだだがいずれも一人暮らしの人たち。
               ふと、「寂しいだろうな――」と思う。「でも倖そうにくらしているな――
              ―」と、
               誰しも老いる。我が身の先行きも思ったりする場面だが、春先はこれからや
              って来る過ごしやすい良い季節への思いが脳裏に優先して、やはり焦りは少な
              いのか、暖かい心の通い合いの方が印象深い。
               良い季節なのである。
               白樺林の枯れ枝を集める毎にあしらった場所には、小鳥たちが飛んできて遊
              んでいた。冬を越した虫でもいるのだろうか?

               静かに寛ぎ、余裕をを感ずるひとときを過ごすのだった。
               富士見高原はこれから急激に春を展開するであろう。梅も桜もこれから2〜
              3週間のうちに同時に咲き、レンギョウの黄、ユキヤナギの白が、地に咲く花
              、タンポポや桜草チュウリップの背景壁を構成する時が迫っている。
               今は只、クロッカスのみだが、―――
               寛ぎに見る花も楽しみの季節である。
                                                       (風次郎) 

    

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