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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No199
富士見駅からの八ヶ岳と秋の空(0909)
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2009年9月13日
夏から秋へ
風次郎
fuujiro@jcom.home.ne.jp
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夏が去った。
日中の暑さもやや薄れてきたし、朝方など半袖ではおれないほどの涼しさを
感ずる。
秋に入れば台風に悩まされたりはするが、八ヶ岳の麓は今のところ安泰であ
る。
それにしても今年の夏は、後半の8月に猛暑と言えるほどの日が2〜3日あ
ったのみで、全国的に雨に襲われたり、例年にない不順な夏だったように思う
。
私の菜園も、今年こそはと作物の数を減らし取り組んだように思うのだが、
結局うまくはいかなかった。
遅霜を恐れながら早めにと、5月早々から蒔いたジャガイモも、花をつける
頃にあたる6月の晴天の少なさに成長を促されず、それに多量発生したてんと
う虫にやられてしまった。収穫したものは例年の半分の大きさ、せいぜい5セ
ンチから7センチ程のものにすぎなかった。
生育期に日光を浴びることの出来ない作物は病害虫にも実に弱い。
同じ頃に蒔いたトウモロコシと、枝豆(大豆)はすぐに発芽したので期待し
たのだがあとが続かなかった。トウモロコシなど8月に入っても丈が1mに満
たない状態でとてもお盆には収穫できず、枝豆でさえも同様に育ちが思うよう
でなかった。
例年、お盆にやってきて畑での収穫にはしゃぐ孫たちも、小粒のじゃがいも
に肖っただけであった。
何としても孫たちに十分収穫をさせてやれなかったことが残念なことであっ
たが、新聞やテレビからもこの夏の農作物の不作が報じられるありさまで、町
の店先の野菜も値が上がっていたのだ。
結局トウモロコシや枝豆が、収穫できるようになったのは、やっと8月の暦
を捲らねばならぬ月末ギリギリになってしまった。
「素人の農作業では仕方が無いか、」と思いつつ、それでも自分の畑で獲れ
たものを口にするときの親近感はなんとも言えず、同時に美味格別である。
毎年いっときの賑わいだけを残して高原の町の短い夏は去っていく。
もはや、舗装道路を歩いてさえ、足音があたりに響くほど静かである。
静けさにひたれば、決まって辺りを見回したり、自分が育った子供の頃の風
景や、近しかった人達との思い出を探したりする。
思い出だけを残して時は確実に過ぎ去っていく。
そういえば、今年もまた、近所に住んでいた、従兄弟のKさんが初夏の頃逝
ってしまった。「身近な人がつぎつぎと逝ってしまう。」と、自分の年も振り
返る。
Kさんは4つ年上の兄貴分的存在で幼い頃から良く遊んでもらった人だ。
私は会社勤めを終えてから実家を継いだのだが、彼は学校を出てずっとこの
町で過していたので随分お世話にもなった。
Kさんの死は寂しかった。
盆は逝った人達を思い出させる。
高原の夏は盆のためにやってくるのだろうか。
八ヶ岳はこのところくっきりと稜線をあらわして見える。気温が下がって空
気が澄んでいるのだろう。
青空の下の姿は雲を割って連なる峰々のときとは比較にならない優しさを思
わせる。
「秋がやってきたのだ。」と思いつつ、私は街を歩いた。
高原の町は、寂しく静かな秋を迎えている。
(風次郎)
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