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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』 No195


富士見駅から見上げる八ヶ岳(08・11・29)

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                                                     2008年11月30日
初冬の空                          
                                                    風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp

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窓越しの葉を落とした白樺が、ただ静かに立ち尽くしているのは微風も無い証だ。
入り組んで子細かく伸びる枝の向こうに真っ青な空が広がっている。
 何と穏やかな日和なのだろう。

 炬燵に暖まりながら、私も静かにしている。
 穏やかに過ごせば、どうということの無い11月の終わりであるが、
心が疼く。
今日は旧友だったKの葬儀に来たのである。
 そう思いながら、また窓外に眼をやる。
 椿の葉が陽の光に強く跳ね返しているが、やけに眩しくてわずらわしい。

 Kは学校を出て家業の酒屋を継ぎ、淡々とこの町で暮らしてきた。
彼の父に似た実直な生き方だったと思う。
 私は小学校に通うころ、地域の子供会の世話をしてくれた彼の父の様子を
覚えている。
優しく世話好きな方だった。
 同じ年頃の子供たちが、区の公会所に集まっては相撲を取ったり、結託して
いたずらするぐらいしか楽しみの無かった時代だったから、よく叱られたが、
世話役の彼の父の話は、分かり易く為になった。
 その父親から家業を継いで、父と同じように町の為に尽くす道を進んでいた
Kだった。
 消防団や教育委員会を任され、同級会に出てきた時など、この頃の家庭に於
ける親の教育のあり方などを、熱を込めて話していたことを思い出す。
 彼の父親と共に、私には頭の上がらぬ存在であった。
 
 春に、店の倉庫で重い酒瓶の木箱を扱っている姿を見かけたのだが、
その後病が発覚したとは知らなかった。
 酒を買いに寄ったときも、夫人はそんなことを話はしなかった。
Kが口止めをしていたらしい。
 やはり「がん」は怖い。まさか、――の手遅れだったのだ。
 同病相哀れむ。怖さは私自身も身に沁みる。

   ○

 また、窓外のあまりに明るい風景を見る。
 朝は霧に埋もれたこの町だったのに。  
 東京を暗いうちに発った中央線の列車は、大月あたりで白み空、笹子トンネ
ルを抜けて甲府盆地に入ると、朝日に照らされる南アルプス連邦が、昨日降っ
た雪に白く輝いていた。この季節、晴れれば当たり前の風景である。
 だから富士見に降りても、霧の中は雨のあがった高原の朝独特のもので、
やがてやってくる爽快な晴れ日の予兆であることは分かりきっていた。
 ――が、明るすぎる。
このまま今日は霧に埋まったままでもあってもいいんだと、憂鬱な心で駅に降りたが、
 そんな期待は簡単に打っちゃられて、自然は決まり切ったように霧を送り退け、
好天が高原の空いっぱいに広がっている。

 これから葬儀に行く。
だが、あまりに明る過ぎて、あまりに静か過ぎて、あまりに穏やか過ぎるのである。
 私には力が入らない。
 ――これが、むしろKの葬儀には相応しいのであろうか。
 小学校のころから絵も上手く、あちこちの展覧会で見た彼の山の絵のように
八ヶ岳も美しい。
 白い雪を纏って光る、初冬の八ヶ岳が彼の葬列を見送ることだろう。
 それぐらいしか、この高原の町の彼への餞はない。

                         (風次郎) 
 

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