☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎の『八ヶ岳山麓通信』&『東京センス』
No176
立春の蝋梅
★★★★★★★★★★★★★★★★★
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2007年2月6日
立春に聴くポール・モーリア
風次郎
fuujiro@jcom.home.ne.jp
ффффффффффффффффффффффффффффффф
立春の日曜日、とりわけ暖かい今年の冬だが、それでも春が近づいてくるのは嬉し
い。それに立春は私の誕生日、これからはもっとゆとりを持って生きようと、窓に向
かって午前の柔らかな陽射しを眺めながら、好きなポールモーリアに聴き入った。
――世の中には美しいメロディーが少ない。と彼は言ったそうである。だからそうな
のだろうか、彼のは、とても美しく愛らしいメロディーの数々だと思う。
フランス南部マルセイユに生まれ、9歳の時からピアノを学び、1941年にマル
セイユ国立音楽院を卒業。その後、アマチュアジャズバンドを結成し、ポール・フュ
ガンの名で活動。17歳でジャズの世界に入った。さらにシンフォニーにも目覚め
1960年シャルル・アズナブールのアルハンブラ劇場公演でオーケストラの指揮を
もつとめている。1965年にフィリップスと契約を結び、ポール・モーリア・グラ
ンド・オーケストラを結成、1968年に『恋はみずいろ』を世界的にヒットさせて、
全米ヒットチャートで連続5週トップを記録(歌のない音楽で世界No1)、これで
グラミー賞を受賞し、一躍名を馳せた。
1969年に初来日して以来、1990年まで毎年、その後、1996年、199
7年、1998年と来日し約1,200回の公演を行ったほど日本には馴染みが深い。
そして最後の来日となった1998年のジャパンツアーを最後に指揮者を引退した。
私の手元にはこの最後の指揮を予定したNHKの演奏番組の録画がある。体調不良
で急遽指揮をジル・ガンフスに委ね、解説役にまわって柔和に振る舞うポールの姿は、
流れている彼の数々の優しい曲に自ら静かに浸っている風に映っている。
バロックにつかうチェンバロを見事に取り入れた曲想が聴く人々に彼の印象を強く
焼きつける。私はその背後から、時々明瞭な主張に現れるパーカッションも大好きだ。
明るい音楽が彼方から響いてくるように、立春を境にして、今年も少しずつ、少し
ずつ自然界の春が現れてくるだろう。
人の心が世の中をつくる。明るくおだやかに春を見つめよう。
風次郎
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」&『東京センス』No177へ
メルマガ「八ヶ岳山麓通信」&『東京センス』のトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」&『東京センス』のトップへ
風次郎の「世界旅」へ