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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』&『東京センス』  
   No158


国立のさくら
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                                                     2006年4月1日
               さくらと「春」の日々
                                                    風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp

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さくらの開花はあっと云う間である。
 国立の大学通りは都内でも屈指のさくらの名所だから、知己にその様子を知ら
せることが多いので、それを気にして先週の土曜日、眺めてみた。朝はまだちら
ほらも花は見えなかったのだが、午後には2分は咲いてきた。翌日は少し気温も
下がったにもかかわらず開花は進み、とても暖かくなった月曜日には6分は咲い
た。そしてちょうどこの週末が見頃である。

 一方、八ヶ岳山麓の富士見高原「南天寮」にはお彼岸の21日に行ったのだが、
陽射しの輝きが強くなったのに、まだ野山は枯れた薄茶色とグレーの世界であっ
た。
 春山遭難もあった八ヶ岳は吹雪いている雲に取り巻かれ、その下には雪の壁が
寒々として厳しさを残す冬山の様相だった。
 陽の光の中で墓参をしたあと、畑に鍬を入れてみると、やはり地の表面のすぐ
下には霜柱が5センチほどに持ち上がっているのだった。――畑はまだ1週間ほ
ど早い。
 今日、富士見から上京してきた友人たちに聞くと、やはりまだ朝の冷え込みは
きつく、地表は凍るとのことだ。
 それにしても海抜1000mの違いは、例年正確に1ヶ月を隔てて春の来る尺
度を思わせる。

 武蔵野は今、花春たけなわである。

 数日前、町田に住んでいる古い友人のYに「平櫛田中館」を案内することにな
って出掛けてきた。
 Yは広島県立美術館で「平櫛田中」の彫刻に魅せられ、その資料から「田中」
の終焉の地が小平であることから、私の家から近い場所なのか、と連絡があった
のである。「平櫛田中館」は一橋大学小平国際キャンパスの近く、玉川上水際に
ある。私の家からは車で10分である。
「田中(でんちゅう)」は小平市の名誉市民でもあった事から、終焉の館がその
まま市の管理で保存され展示館を併設して公開されている。Yは広島で「田中」
の仏像等に惹かれたとのことであった。彼自身も見事な版画を彫るから、どこか
に共通の彫刻家的心意気を見出したに違いない。
 私はこの施設に残されたアトリエの雰囲気を確かめるのが好きで、また寝室(
木製ベッド)もそのまま見学できるので、そこに師の息遣いさえも感ぜられるよ
うな気がして時々出掛けていたが、このしばらく遠のいていたので神々しいもの
へ近づく良い機会を得て心地良かった。
 「田中」が逝ったのは107歳、現役のまま、自宅でまさに永眠した。玄関前
には、これから作品にしようとした原木(高さ3メートル、直径2メートル)が
残されている。107歳がこれに取り組んでいる様子を創造するだけで、その偉
大さに心が開かれる。
 師の生涯の大作は国立劇場の正面ホールにある「鏡獅子」と言われている。そ
して、その試作元本たる作品がここにある(元本は小さい)。国立劇場のものと
同じ大きさのレプリカが富士見高原の伊東近代美術館玄関前にもある。

 さくらは日本人の心の花、「田中」の作品にも日本人の端正な心を見る。 
 実は、田中館は田中の居室から見渡す庭園の梅の古木に咲く花が見ものなので
あるが、春たけなわの桜は「田中館」隣接の玉川上水域も誠に素晴らしい。桜を
愛で、「平櫛田中館」を訪ねるなども如何なものであろうか。

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