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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』&『東京センス』  
   No147

富士見高原病院の旧療養病棟
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                                                2005年12月24日
                    富士見高原病院
                                                     風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp

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朝日新聞が12月17日の「be on saturday」で堀辰雄の「風たちぬ」の舞台とな
った富士見高原療養所をとりあげていた。富士見高原は古くから多くの文人にゆ
かりのあるところだが、「風たちぬ」は堀辰雄の自伝的小説で「愛」がテーマで
あるだけに、とりわけ来訪者の話題に上ることが多い。その舞台である「富士見
高原療養所」は今「富士見高原病院」という総合病院に発展して、戦前のサナト
リウムの雰囲気は表面見られないが、本館の後ろにテラスつきの昔のままの古
い療養所の建物が1棟だけ残されている。
 幾つかの小説ではテラスに出ると八ヶ岳が間近に眺められることになっている
が、富士見の里では東向き家を建てない限り軒先から八ヶ岳は望めない、南は
釜無渓谷、南アルプス連峰、それに遥かな富士の霊峰である。堀辰雄(小説では
「私」)も婚約者である綾子(小説では「節子」)とテラスを降りて、振り返って
八ヶ岳を仰ぎ、ふたりが出会った山の向こうの軽井沢の思い出を語り合って過ご
したに違いない。おそらく、二人はその先の夢を語ろうにも「忍び寄る死」を共
に想定の範囲に置かなければならなかったであろうから――。
 小説は美化できるが、現実の悲しみは拭い去りきれないものである。

 富士見高原療養所は町の名所でもあり、この病棟は、名のある人々が結核と
闘い過ごした場所である。私の好きな画家竹久夢二もここで息を引き取った。
 この病棟を何とか保存しておきたいという運動が起きているのだが、町の財政
も今は別の大きな問題を抱えていてそれどころではない。
 今は保存陳情団体の意向を富士見高原病院がかろうじて受け入れているけれ
ど、病院も施設充実のためには取り壊さなければならないときに来ているとのこと。
院長の井上先生も保存には反対ではないのだが、移転しなければ――と悩んでい
る。
 新聞を片手に久し振りに病院へお邪魔して、古い療養所の病棟へ通ずる渡り廊
下を歩くと、窓越しに見える病室のテラスが午後の冬陽に明るく照らされていた。
 そこには世に取りざたされた幾つものドラマがあったのだ。

 *ご参考「富士見高原病院」のホームページ
   http://www.lcv.ne.jp/~kougen/

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