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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』No143

南八つ晩秋
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                                                2005年11月26日
                   晩秋(2) 
                                                     風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp

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南天寮の東側が緩やかな土手になっており、そこから上は南北に続くゆったり
とした丘を形成している。誰やらが「旭が丘」と言う名前をつけたとおり、八ヶ
岳を越えてもたらされる朝陽は一番先にここを照らす。その朝陽を浴びて、東の
八ヶ岳連峰から富士山、北アルプスの峰を眺めて歩くに絶好の散歩道だ。
 もはや落葉松の黄葉もピークをすぎて、欅やコナラ、栗、どんぐりなどの雑木
が最後の艶やかさを山肌に塗りつくしている。
 
 しばらくニューヨークで過ごして帰ってきた。
 ニューヨークの雑踏の中に我が身を沈め、思うままに歩を進めて時を過ごして
いると、世界の中に存在感の薄れた自分が、生命だけを与えられた一人の人間に
思えてくる。世界屈指の大都会東京の繁華街でも似たような感覚を覚えるが、東
京には馴染んでしまった感がある。その点マンハッタンの中にいると、誰にも注
視されていることのない孤独と、どこかの誰かに狙われていそうな緊迫感の中で
いかにも自由を追いかけている自分に出くわす。四角や三角で描かれたビルたち
の、たくさんの肌色でそれぞれのデザイン衣装に身を包んだ人々の中に我が身を
置くだけで現実を凝縮した小宇宙を感ずるのである。

 現実からの逃避は好きではない。現実を口実にするのも好きではない。
 すでに今年も11月を終わろうとしているが、風次郎のこの年は現実を肯定して
素直に生きることにあった。
 一つは自然を素直に愛でて八ヶ岳山麓の風に吹かれることであるが、また一つ
は人と人の中で素直な自分を出して生きることであった。
 人生にはいろいろな事情が入り交じるから、自然の中には素直に入っていける
けれどなかなか人ごみの中に素直の入っていくことは難しい。それぞれの人は、
それぞれの事情を持ち、しかもお互いのバランスをたもって社会が成り立ってい
るからだと思う。だから大きな世界を求め、自分の客観性を小さくして、その風
景の中に入れてしまおうとするのであろうか。

 長男はマンハッタンに通うが、ニューヘブン鉄道で30分ほど北へ上がった海辺
の街、ハリソンというところに住んでいる。わたしはそこを拠点に晩秋の余暇を
過ごす自由な時を得た。
 マンハッタンの雑踏を求め歩いたことも素直な事実だが、豊かな自然に囲まれ
美しく整えられた住宅地の並ぶこの地方(ニューヨーク州、サウスウェチェスタ
ー)の秋の風景にも堪能した。

 長男は半島を横切ってのびるハイウェイからハドソン川に掛かるTAPPAN ZEE
BRIDGEを含むロックランドを眺める光景が好きだと言って、私をドライブに誘っ
た。確かに。雄大な湾川を跨ぐTAPPAN ZEE はその先が消えそうに遠く長く続き
両岸の燃えるような紅葉と岸辺や中腹に立つ瀟洒な大邸宅は“これぞアメリカ”
であった。

 今また富士見高原を歩く。ススキの白い穂が、くる冬の間近さを告げ、その脇
にたたずむ民家の静けさをいかにもと思いつつ歩く。
 ススキはニューヨークでは見なかった。しかし自然界は、いずれの木々も秋の
素直な美しさを紅葉に託して、今年の活動を終おうとしているのだ。どんどん変
化しているのは人間の世界である。

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