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風次郎の『八ヶ岳山麓通信』No139

八ヶ岳
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                                                2005年10月01日
                   エジプト展    
                                                     風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp

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妻はなと連れ立って上野の都立美術館へ『ルーブルのエジプト展』を見に行った。
 上野駅公園口を出て見渡す公園の森には午後の陽が容赦なく照りつけているの
で、少しくすんできた文化会館の壁際の日陰に歩を休める人が固まっているよう
に見える。東京にはまだ残暑といえる暑さがあるのだ。
 駅から美術館までは7〜8分の距離であるが、道筋の桜や欅の大きな木の間を
通り抜けていった。
 芸術の秋到来といったところか、方々の会場に展覧会がいっせいに開催されて
いる。
 都美術館の入場口は案の定行列ができていた。
 今回のものはエジプト文化に対してフランスの誇る考古学者シャンポリオンと
マリオット・オーギュストの功績に由来する数百点、王族の鮮やかな木棺やステ
ラの碑に記されたヒロエグリフがメインであった。
 古代エジプトの王達は神と人間とをとりもつファラオの存在を介して神に近づ
くために、死後の世界で現世の延長を楽しむためにさまざまな支度を試みて墓に
入っていった、その所産である。
 いつの世も謳歌したい人生の長かれと思う気持は変わりない。しかしそれは古
代王家の人々のエゴであったことも否めない。自分を取り巻く人々と親しく豊か
に囲まれていたいのは古代エジプトの王家といわずとも、人の願いであることは
変わらない。上野の森に新たな社会を築こうとの思惑があるわけでもなかろうに
も、テントや段ボールで生活している人達の思想ともそう隔たりはないのではな
かろう気がする。いたしかたのない理想の追求の姿が共通して見える。

 とまれ、遺品の中に木製の小箱(アカシヤ)、黒檀とアカシアの木で柄をつけ
た手鏡、貴族が象徴として使ったといわれる木杖など、石の中の木を印象深く見た。
 エジプトはピラミッドに代表される大型建造物遺産の地でもあるが、古墳から
現れるミイラたちと共に、シャブティー(小像)やすべて解明できないにしても、
雰囲気を味わえるヒロエグリフの中の人々の姿によって往時を偲ぶに時を費やす
のは楽しい。

 森の中の青いテントを横目にして、再び文化会館の前に立ち群像とも群衆とも
いえる「今」の中にいると、ただいつものように時が流れているのであって、人
の命や、生活パターンは変わらないことをしみじみと思う。
 常と同じように秋がよせてくる。
                               (風次郎)
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