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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No280T-61)
セビリアの旧タバコ工場の門(今はセビリア大学の門である)
2012年12月27日
東京楽歩(No61)私へのサンタクロース
国立駅で降りて我が家へ向かうと、駅の南口左手に「みちくさ書房」という古
本屋がある。ここで私は時々文字通り「みちくさ」するのだ。そして、店頭には
古本と一緒にレコードやCDなども並ぶので興味を持って物色することもある。今
日は掘り出し物を見つけた。2006年の小沢征爾指揮、フランス国立管弦楽団
によるビゼーの「カルメン組曲」と「アルルの女組曲」があった。
もともと私は若い頃、この二つの組曲によってビゼーを好むようになったのだ
から見逃すはずはなかった。
この10月、機会があって日本フィルの首席指揮者ラザレフのリハーサルを見
せてもらってから、日本の指揮者についても関心を高めていたところだ。
小沢征爾に関しては、当代アピール性に富み、優れた指揮者のとして評価が高
いが、まだ実際の生の演奏を聴いたことがない。ダイナミックな指揮ぶりがとて
も印象的で、表現にもメリハリのある演奏も、私が好んで聴くカラヤン以上に歯
切れの良い、抑揚の伴う曲想を感じさせる。好きなビゼーのこれらの組曲に合っ
ているように思えた。
ビぜーの作品の中では歌劇「カルメン」が最も知られていると言えるだろう。
この曲はドビッシーやサンサーンス、チャイコフスキーなどから賞賛されたと
言われる。かのニーチェはこの舞台を20回も観たと記述しているとのことであ
る。
勿論、舞台で演じられるストーリーの組み立ての魅力に引かれる点が大きいこ
ともあろうが、各場面でのビゼーの音楽はまさしく激情的であると思う。
小沢の迫力も伝わってくるようで、気に入って早速このCDを聴き続けていてい
る。
○
10年ほど前、私はスペイン旅行に行き、セビーリアに泊まった。
有名な詩人の名に因んだ「ベッケル」というホテルであった。時々引用させて
いただいているロマン主義最後の抒情詩人ベッケルの詩、
<詩ってなあに?>碧い瞳を指すように
僕に注いで 君はいう。
<詩ってなあに?>君は僕に
尋ねるのかい? 詩、それは君さ。
この詩はこの街の市民の憩いの場「マリーア・ルイーザ公園」のベッケル通り
にある彼の顕彰碑に刻まれていた。
カルメンが働いていたという「たばこ工場」は、その公園の隣にあり、今はセ
ビーリア大学の法学部になっている。玄関は大学の正面らしく整ってエレガント
であったが、実はカルメンは女工であるから出入りしたのは通用門である。
カルメンはここでドン・ホセと会う。赤い花を口に咥えた姿と、刺すような目
つきを思い浮かべるのが当然であるが、実はその花は白、そのあたりに咲くアカ
シアの花だったのであった。
グワダルキビール川に架かるサン・テルモ橋の東たもとにはサン・テルモ宮殿
があり、一帯は広大なグリーンが広がる地域である。大学は宮殿の奥まったあた
りにあった。
そして、サン・テルモ橋から川沿いにひとつ上流のイザベル二世橋へ向かうと
右手に闘牛場があった。その前に立てば、今まさに場内の熱狂歓声が聴こえてく
るのではないかとの感情に煽られた思いになってしまった。
ビゼーのもう一つの名曲「アルルの女」は、ドーデの戯曲への付随音楽である。
この物語も、アルルの闘牛場で見かけた女性に豪農の息子フレデリが、許嫁が
いたにもかかわらず、心を奪われるというところから始まる。
最後は男心の葛藤の内に投身自殺という悲劇に終わるのである。
「カルメン」はメリメの小説。女に心を囚われてしまった男の行く末の物語で
あることは「アルルの女」も変わりない。
アルルの女が内向自虐的な結末であるに比べ、こちらは兵士であるドン・ホセ
の自己心の苛立ちがカルメンを刺し殺すに及び、激情の悲劇に終止符を打つ。双
方違えてはいるが――、
2作品の設定は似通っているようにも見ええる。
ビゼーは好んでこの2曲を残したのだろうか。
南仏プロバンス、アルルの街も数年前訪ねた。スペインのセビーリアと共にロ
ーマ時代に港町として繁栄し他民族の交流する古い伝統ある街であった。今は両
方とも港の機能は他に譲って、観光地と化しつつあるが――。
今尚セビーリアは「アンダルシアの華」、夜から始まる、と言われる煌びやか
な社交の街である。一方南仏プロバンスのアルルは、自然の景観がとても印象に
残る場所として、むしろゴッホやセザンヌを生んだ静かな画家の街になっていた。
ビゼーの音楽は、傾向としては地方色、豊かなはつらつたるリズム、抒情味に
満ちた旋律、色彩的な管弦楽の用法、抑揚的な変化と陰影の多い和声などによっ
て独特の清新さと迫力がある。
小沢征爾のこの2曲を聴きながら、クリスマスが運んできた、いつかの旅の思
い出をたどり、ほのぼとした時を過ごすのであった。
ビゼーの2曲はすべて小沢が生み出す演奏のコンセプト、方向を向いているよ
うにも思う。
しばしの、私のサンタクロースのプレゼントか――。
風次郎
アルルの円形闘技場
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