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風次郎の世界旅
 カナダの秋
(16 完)

music by KASEDA MUSIC LABO

                       
              バンフ・OKショップのある通り         

15.カナディアン・ロッキー(5)

                  3時にモーニングコールが鳴った。
                  そそくさと洗面を済ませてロビーへ行くと、もう仲間の半数は集まっていた。ガラス窓の外は真っ暗。かなりの雨が
                 降っているようだ。
                  昨日のバスツアーを収録したビデオを寺山さんが配ってくれた。竹内さんが徹夜で編集して届いたばかりだとのこ
                 とだ。大切にかばんの中に仕舞い込んだ。

                  まだ眠気の覚めやらぬ来訪者を乗せて、雨の中、山を降りる帰路をバスは走り始めた。1番前の席に座った私は、
                 しばらくケンモアの街明かりを名残惜しんでいたが、ボウ川を越えて国道1号線を走り始める頃から他のメンバーと同
                 じように昨夜の睡眠不足から眠っていた。
                  1時間ぐらいした頃、バスの後部にガタガタと音がしてバスが止まった。ドアのロックが外れたようだ。すぐにドライバ
                 ーが手当てしてそのまま走り続けたが、このことで私はすっかり目が覚めた。
                  外を見るとケンモアを出たときの雨が嘘のようにあがっていた。 すっかり晴れ上がった星空だった。窓の左には北
                 斗七星が右にはオリオンが見えていた。
                  “そうかバンフはやはり山なのだなー、下は晴れていて良かった!”と思った。すでに相当の距離を走り、カルガリー
                 の近くに来ているようで、遠くの町明かりが大きなかたまりになって窓に映っていた。
                  交差点を幾つか過ぎて、カルガリーの空港には5時40分に到着した。
                  出国を含めて搭乗するための手続きは、2つのカウンターを移動し、ノースウェストの26番ゲートに落ち着いた。搭
                 乗開始の7時40分まで食事とショッピングの時間ということになった。
                  私たちは待合所の隣にあった簡素なスナックで、サンドイッチを買い、テーブルに寛いですごした。窓の向こうに開け
                 行く空が白み、次第に青さを増して、今日の日も世界の躍動を期待しているかのように思えた。

                  やがて―――、  
                  明るくなり始めたカルガリーの町を遠く眺めながら、NW機は飛び立った。まだ眠りの足りない体は心地よい揺れに
                 誘われて、旅の余韻に浸って眠りつつしばし時が移って行った。しばらくして、フライトアシスタンツの飲み物を配る雰
                 囲気を察して眼を開けると、右側の窓から朝陽が射し込んでいた。たしかにミネアポリスへ向かっている、そこでトラ
                 ンジットの手続きに時を過ごしこの旅はいよいよ終章へ向かうのである―――。W機に身を委ねさえすれば、日本時
                 間17:20には再び郷土の人となるのだ。
                  帰郷のプロセスは安堵を求める。
                  期待に胸を膨らませ新しい夢の世界へ身を置き換えていく出発の時と違って、心はやや沈み、疲れも伴って気だるい。
                  夢から覚めていくプロセスに似ている。
                  窓から自然の光が入って明るいとはいうものの、頭の中は楽しかったこの一週間の思いを断片的に取り混ぜて反芻
                 し、暗く静かな時の経過だった。

                  旅は終わった。
                  カルガリーから勇んでバンフへ向かい、雪に見舞われ始めたロッキーの尖った岩山の数々を眼にし、その新鮮さに圧
                 倒されたし、アスペンポプラの黄葉とロッジポールパインの緑の重なりの上にそそり立つ岩山を、数百キロにわたり眺め
                 つつ走ったハイウェイ、そして幾つかの街、幾つかの湖を訪れてきた。
                  吹雪に見舞われ、氷河に直接立つことは叶わなかったが、雄大なコロンビア氷河の霞んで続く豪壮な自然の世界を目
                 の当たりにし、感激に浸った。
                  カナディアンロッキーの旅も終えた。

                  ミネアポリスでのトランジットは思ったより楽だった。アメリカへ入国したデトロイトでの審査の厳しさが、しっかりと頭に
                 残っていたからやれやれといった感じだった。荷物の受け渡しなどそれなりの手続きをして、コーヒーを飲むくらいの時
                 間があった。
                  成田まで一っ跳びだ。何のトラブルもなく順調にNW 機内の人となった。
                  座席を確保して日本語の新聞を広げると、安堵感とともに日本人をしっかりと意識することができる。心の奥底にあ
                 る里心が最早自分の棲む世界へ惹かれて、安心したい心をせがむのだろうか。
                  狭い了見だとも思う。一方では旅の疲れを癒しつつ、抜け出したくない異郷に後ろ髪を引かれつつ----。
                  ふと機内のスクリーンに眼をやると、ミネアポリスの座標が映されていた。「44.58N,93.23W,高度9,500mから11,600mを
                 飛ぶ」と。 


                  旅の印象には、その期待を十分に叶えられたことによる満足感と、やや半ばに終わる寂寞たる思いが相互に織り交
                 ぜられ、その刹那刹那が綴りこまれる。繰り返しが又、余計その愛惜を増幅させるるのであろう。やるせない。
                  この旅では、どこの街でも月の輝きに照らされ、星空を仰ぐことができた。
                  ナイアガラの滝飛沫の上に煌々と輝いていた月、オタワのヴィクトリアストリートで紅葉の木々の上に霞んでいた月、
                 ケンモアのロッジの庭で手に取るように眺めた月、そしてまた、それぞれの街の星空も眺められた。
                  同じ北半球の日本で見える空にあるものと変わらない筈なのに、それぞれの異なる感慨をもたらしていた。同じ対象
                 物に彼方で巡りあった感慨と言おうか、懐かしさが伴なうものである。
                  オタワの街、リドー運河の畔を早朝に歩き、冷たくかじかんだ手を摩りながら月影を追って歩いたのは、つい数日前
                 である。白んでくる空にアッパーライトに照らされて浮かびあがる幻想的なゴチックの建物群と、縦横の輪郭をストレー
                 トな線でシンプルな四画で積み重なる近代的なビルが、お互いに和んで続いていた。
                  明るい色彩をより多く求めて秋を祭る自然の輝き、メープル街道のドライブは途中立ち寄る街々の市場に飾られたハ
                 ロウィン用のかぼちゃなどとともに、秋そのものの印象深いものがあった。
                  紅葉のその豊艶な世界は、ナイアガラの大きな滝を包むもの、つづいて巡ってきたトロント、オタワ、モントリオール、
                 ロレンシャン高原まで、今がシーズンのクライマックスの世界であった。
                  それぞれの街にはそれぞれに生きる人々との親しげな触れ合い、楽しいドラマも伴った。その地を訪れ、旅を重ねる
                 人々がここにも沢山いた。
                  彼らとの触れ合いや交流によって忘れ難い思い出が作られたことは言うまでもない。
                  旅毎に重なる、人生にとって珠玉のものである。この機会を得られた喜びを、ここに重ねた人生のひと時を、いつまで
                 も未来への懸け橋として生きようと思う。
                  この旅の印象を大切にしようと思う。

                                           〇 〇 〇  〇 〇 〇 〇〇 〇                   

  
国立公園入場ノチケット

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