BGM by Paradise Cafe

春を見つけに


誰に会っても厳しい冬だったというのが、挨拶がわりに交わされる言葉のようだ。雪にすっかり埋もれたことがとても印象に残った冬だった。
三月十八日。
お彼岸の墓参りには丁度暖かでよい日になった。
朝方少々降った雨は、人々の動き出す七時過ぎには止み、しばらく山すそを流れた霧の海も、山を取り巻いていた厚い雲も去って行った。
南信州の天気は、上り下りが割合はっきりしている。もうこうなれば上り坂、時とともに晴れてくるに違いないと思っていたとおり、昼には快晴になった。
南側の庭先、菜園の半分はすっかり雪が消えた。が、南天寮の玄関前には、そこが北側の日陰にあたるので、まだしっかりと雪が残っている。
その雪の始末を始めると、近所のおばさんが、
「やっかいな冬だったなえ----」と、声をかけてくる。
休日でないと現れない風次郎を見つけた隣人のMさん、
「今日はうんと雪も解けるらで----、なげぇ(長い)冬だったなえ。」
手を頭の上にかざして、
「こんねんにも雪があったで、こんな年あ俺も始めてだ。」
Mさんは80歳にちかい。当然風次郎も始めてのように思う。
雪が解けてみると、まだ2メートルに満たない丈の、庭先の椿が折れていた。又、門前の南天も、垣根のアララギも先端をたくさん折ってしまっていた。土手の松でさえ、太枝の折れ口をあらわにしている。
皆、雪の重みに耐えられなかったのであろう。ほぼ1ヶ月の間、大雪の下で植物達は耐えてきたのであろうが、ついに力尽きたものもあったのだ。

昼をまわると、気温も10度を越え、とても暖かい。
青空の下、春を見つけにでかけた。
北側の日陰には、まだ何処にもうず高い残雪が見える。
とちの木部落へつづく道は、南に下り坂になっており、自然に山々の北側斜面を見ることになる。
すかし状になった木々の隙間の、山膚に雪をつけた釜無山の斜面は、まだ当分冬景色としての眺めに親しまねばならない。
勿論、左隣に渓谷を隔てて、南アルプス鋸山の急峻な北壁は、雪の谷襞がくっきりとしている。
さらに峰一つ隔てた甲斐駒と並んで午後の陽射しに映え、美しくも固い冬の表情のまま、まだ厳めしく鋭い。
この道は舟窪と呼ばれる山間を巻いてから国道20号と交叉している。
その辺りから、いったん小手沢(こでさわ)川に下がり、再び登ってとちの木部落へ入っていくのだが、その道脇はまだ冬から抜け切れてはいないようであった。
これからいよいよ農家の活動を待ちうける北斜面の段畑は、名残の雪をつけて取り残され、どんどん解けていく周辺に遅れて、むしろ愛惜しい。
風次郎は舟窪の雑木林へ入ってみた。
山の中はまだ雪が一面だ。春は眼を凝らして見つけないとまだまだ見えそうもない。そう思って、木々の並びを見ると、根の周りだけはすっかりと円く雪がなくなっている。木の根が雪を解かして、彼等の生きている証左のようである。
雪解けが終わった南向き土手の下を流れる小川にも、水面に午後の陽射しが当たってキラキラと眩しかった。

  春待ちて、流れる川に 陽は入りて煌き遊ぶ 午後の山間

思いきって斜面をのぼりつめると、青空に向かって伸びた冬枝にほんの小さな、“今日から膨らむよ”と叫んでいるようなネコヤナギが、じっと陽を浴びていた。
皆今日の日を待っていたかのような。
春の活動開始じゃないか!
やはり自然界の動きは確実だ。きちんと時間を刻み、時来たりなば、すべての動きを季節に現しているのである。
再び山を下り、川沿いの田んぼに立って見た。長い雪の下の時を過ごして、やっと凍てついた地表に暖かさを受け入れたばかりの土手には、枯草が揺れて、微風とのささやきを楽しんでいるかのようである。そして、その下の用水路には、早、芹の新芽が列をなしていた。

風次郎は青空を見上げる。

厳しい冬だったからこそ、この春は自然の勢いが素晴らしいかも知れない、と。

                                              (風次郎)