車を使って、茅野市の川辺を下って通勤する朝の習慣が身についてきた。
国道20号線をはなれて、通勤バイパスと称する、土手の上を舗装し、橋との交叉は河川敷に下ってくぐる一方通行路はスムーズに走れて快適だ。
川辺の土手は最早草が繁り、ところどころは第1回目の刈り草も始まって、夏のよそおいになってきた。
川辺の一面の緑の中に何ヶ所も団をなして咲いている白いアカシアの花は最早立派な林といえるほどのものではあるが、その河川敷の中に育ったアカシアも、何処からともなく運ばれてきた種子によってできたのであろうか。
その林が、茅野市と諏訪市の境あたりまでしばらく続き、初夏の風が、ほのかな甘い香りをはこんでくる。
アカシアの花は房状であり、新緑の小さく丸い葉の煌きにかこまれて揺れて咲いている。
ここばかりではない。今はこの花の季節。あちこちのアカシアの木は、どれもどこでも豊かに咲いている。
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“あかしあの雨”という歌が流行った時代があった。
“あかしあの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい‐‐‐”という歌詞で始まり、美人女性歌手が歌う、恋の歌だった。
私達の青春時代を風靡した石原裕次郎も、“あかしあの花の下で‐‐‐”と唄った曲でヒットをとばしたことがあった。
アカシアの花と、雨や、恋、悲しみを結びつけて唄われる歌は多いが、私は、アカシアの花はセンチメンタリズムや、けっして寂しさを連想させるとは思っていない。ただ、この花は今の季節から梅雨にかけての季節に咲き、それがゆえ、鬱陶しい雨の中に浮かぶ白い花房をたくさんつけ、木の姿はどちらかというと淡白な緑とともに清楚な感じを与えるのであろう。ひたむきな情は清らかではあるが、寂しさや悲しみを背景に語られるものが多い。
私にとっても雨の中に浮かぶ白は殊に美しいと思う。しかし又、梅雨の合間には必ず晴れ間があり、突然現われてきたような青空のもとに輝く緑と白は、メランコリックな季節感を凌駕するように思う。それは雨の時を過ぎて本物の夏がくると、当然のごとく見られる光景なのであり、季節を渡り、風の中の人生を旅する者が見つけ出す秘宝とさえ思う。私は他人に“光る緑”と言って話し伝える。
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秋田に住んでいた頃であった。
関東育ちの私にとって、彼の地の花の季節は遅く、そして急激にやってきた。桜は春が来たことの証しであったし、アカシアは夏が近づいたことを教えてくれたように思った。
雪の残る鳥海山を描きに、画の師である菊地氏に連れられて、画友山中氏と三人で出掛けた日だった。雄物川をさかのぼり大曲の国道にかかる橋のうえからアカシアの花を描いたことがあった。白い花房と一緒にそよ風にひらめく淡緑色のピラピラした葉裏の反射が朝の陽に輝いていた。
強い流れの川は遥かかなたの鉄橋の下まで続いて見えなくなっていった。周囲の緑は川に沿って深く、そのうえに広がる空は澄んでいた。
目前のアカシアの木々は流れの州の中にこんもり立っていて、風景の中心になった。明るい美しい新緑の中の輝きだった。が、緑の中に光る花房を描くのは難しく画は失敗した。うまく描けなかったが故に、なおさら明るく美しい光景を忘れられない。
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小学校に通っていた頃であった。
その頃は、花と季節感を結びつけて鑑賞するのでもなく、この花が終わると本物の夏がくるなどと思うこともせず、私ばかりでない高原の子供達は、ただ移り変わる自然の情景の中に溶け込んで育っていた。
学校帰りの道になる国道は、古い草競馬場の跡をぐるりと巻いて、私達の住む部落の方へ続いていた。村道ばかりか、国道も車の轍のある砂利道であった。その国道と競馬場の境目にトゲの目立つアカシアの小さな林があり、花が咲く頃になると道路から石を拾っては花房に投げつけて遊んだことを思い出す。
石が花房にあたるとアカシアの花房はパッと飛び散るのだった。誰も道の石を投げることを咎めなかったし、石のあたる植物が可愛そうだとも思わない無邪気な年頃だった。仲間と一緒に学校を退けて遊びながら帰ることが、無性に楽しかった頃があった。
石を投げるのは子供達の大事な遊びごとだったような気がする。子供野球のボールでさえ、ボロ布を硬く巻いた“キレまり”と称するものが店先にならんだ不自由な時代だったから、キャッチャーのいない投球練習は、電柱に向かってモーションをかけて石を投げつけることで補っていたようなものだ。
子供達はよく石を投げた。スズメなども石を投げたり、木の股を切ってゴム管を縛りつけ、小石を挟んで放つ道具を持ち歩いたりしたものだ。だから道端は危なかったりもした。私の左目の上には小さな傷があるが、これは学校帰りに草叢に隠れていた時、友達に投げつけられた石によって負傷した時のものだ。
失明しなくて本当に良かった。
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私にとってアカシアの花は、むしろ初夏の明るい季節感を呼び起こす花である。そして、木々が燦燦ともたらされる陽を浴びて育つ初夏は、最も躍動感のある季節ではないか。
一般的にアカシアと呼ぶこの花は、正しくは“ニセアカシア”又は“ハリエンジュ”というのだそうだ。“ニセ”ではエキゾチックな流行歌には馴染むまい。又“ハリ”はトゲのことだろう。花を採ろうとするとトゲがささって痛い。それがまた、この木の逞しさを思わせもするのだが‐‐‐
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“この道はいつか来た道、
ああ、そうだよ アカシアの花が咲いてた‐‐‐”
“白い花の咲く頃”という歌がある。
“白い花が咲いてた、ふるさとの遠い夢の日‐‐‐”
車を降りて河川敷を歩いてみる。
アカシアの木の下に入ると、白い花房から漂う香りは、風の流れを教えるほどの移ろいをともなって、いや、川の流れに沿って香りも流れているように、濃い。
もう梅雨も間近なのだ。
南天寮に咲き出した大きなあやめ
(00.05.31 風次郎)